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「中嶋幸治 横たわろう、通過せよ」作家による作品解説②

 シグアートギャラリーでは10月12日まで「中嶋幸治 横たわろう、通過せよ」を開催中です。今回の展示では青森県平川市出身・在住の美術作家であり「介護者」、「りんご農園手伝い」である中嶋が、写真や鉛筆によるドローイングによって試みた表現が展開されています。東北では初の個展です。

 noteでは展示会場で配布中の冊子の内容を、会場の写真と共にご紹介していきます。こちらの記事では、中嶋の作品のうち《通過せよ》シリーズの解説を掲載しています。

 《通過せよ》は、空に浮かぶ飛行機雲や鳥を撮影した写真に加え、中嶋の自宅の納屋の梁に巣を作るツバメをモチーフにした一連の作品からなるシリーズです。故郷の青森から北海道の札幌へ、そして再び故郷の青森へ移り住んできた中嶋は、以前から、痕跡の記録や移動が作品の重要な要素でした。社会的にも人々の移動がもたらすものが見直される中で、中嶋が何を考え、何を見聞きし感じ、形にしてきたのか。制作の背景をぜひお読みください。

「中嶋幸治 横たわろう、通過せよ」会場で配布中の冊子
「中嶋幸治 横たわろう、通過せよ」会場で配布中の冊子


《通過せよ》ラムダプリント、2022年

 

「通過せよ」シリーズ 展示風景

2021年2月。感染症の流行が札幌で拡大しはじめてから1年経ったころ、わたしは北海道を後にした。この国の自助・共助・公助の連携の歪みを多くの国民が把握し始めたころのことだ。退職後に引っ越し業者へ荷物を託し、自主隔離期間を設けた。緊急支援制度の対象からも外れていたため必死だったように思う。隔離期間を終え、人通りの少ない路地を歩いていた時、飛行機雲を見かけた。

中嶋幸治《通過せよ#1》(「通過せよ」シリーズ)ラムダプリント、2022

札幌から青森へ向かう軌道では空ばかり見ていた。「北海道から実家に近づくにつれて、空にピントを合わせる速さが増している。帰郷とはそういうものなのだろう。 午後5:51 2021年2月28日」その時の心情をtwitterアカウントにそう書き残している。

中嶋幸治《通過せよ#12》(「通過せよ」シリーズ)ラムダプリント、2022

自宅で介護・介助の労働や家事労働に翻弄されつつ、屋外から響く音に耳を澄ます瞬間がある。野生動物の遠吠えや鳥類のさえずり、数km先の高速道路の流れや飛行機の轟音といった幅広い音が(気象条件に左右されるが)聞こえやすい。鼓膜を揺らした音に呼応するようにその姿を探し、焦点を合わせる。姿が見えなくなるまで眺めている。そうしていると、ここに立つわたしや横になっている両親の動けなさ、動かなさに胸がしめつけられてしまう。帰郷後しばらくはその感情に支配されていたように思うが、消え去るものでもないのだろう。

中嶋幸治《通過せよ#7》(通過せよシリーズ)ラムダプリント、2022
中嶋幸治《読点#8》(「通過せよ」シリーズ)ラムダプリント、2022

横になっている家族にそれぞれ夕日が射す時刻、東窓の傍に1羽の鳥のシルエットが浮かんだ。写真を撮ってその画像を父に見せた。父は鳥の名前をよく知っている。わたしは知らないばかりかまったく覚えられない。人間よりも鳥とよく交信していたようなひとであるから、この鳥のことも知っているのだろうと思った。しばらく悩んで「ヒヨドリ」と教えてくれた。——この日からわたしは、屋外の出来事をカメラで撮影して父に見せるようになった。父が動けないかわりに、目に、手に、足になろう。そう決めたのだ。

中嶋幸治《通過せよ#2》(通過せよシリーズ)ラムダプリント、2022

毎年のように軒先に巣を作る鳥がいる。やってくる鳥は皆、人間の営みを巧みに利用して外敵から身を守るための領域をこしらえる。ここから命の移ろいを想像し観察すること。旅立つ前に死んだ鳥を庭に葬ること。絆や自由といった意思の元に抑圧をコントロールする考え方ではなく、定点から思考し、歓迎し、実践することが必要になる。

右: 中嶋幸治《通過せよ#9》(通過せよシリーズ)
左:中嶋幸治《通過せよ#10》(横たわろうシリーズ)ラムダプリント、2022
右:中嶋幸治《ツバメになる訓練#1》紙粘土、2022
左:中嶋幸治《ツバメになる訓練#2》紙粘土、藁、2022
中嶋幸治《ドローイング(ツバメの羽音、腹、旋回、風#3)》トレージングペーパー、鉛筆 2021


 おまへのゐない
 おまへの起點
 おまへのゐない
 おまへの終點

渡鳥が旅立ち、飛行機雲が空に浮かばなくなった頃、村次郎の詩を読み返した。「飛行機雲」[1] の4行詩を声に出して読む。わたしが村次郎の存在を知り関心を寄せるようになったきっかけは、柾谷伸夫さん(八戸市公民館館長)が東奥日報で連載していた「ふるさと南部ちょっとdeepに」の記事を帰郷を決意した後に読んだからであるが、調べるうちに深く惹かれるようになった。八戸・鮫に生まれた詩人が家業を継ぐために帰郷し、その帰郷が文学者としての自己と対峙する境目となっていたことも、歩くことに対する誠実さも、気候へたむける言葉の数々も、風をなぞるように描かれる一遍の詩も、わたしには耐えられないほどの輝きを放っていた。

——移ろうものを見上げて手を振る時、わたしはやさしくなりたい。


[1] 村次郎 選詩集、菅啓次郎 選 『もう一人の吾行くごとし秋の風』(左右社、2018)

中嶋幸治《通過せよ#5》(部分、通過せよシリーズ)ラムダプリント、2022

この他の作品についての解説は別の記事でご紹介しています。ぜひそちらもご覧ください。

●noteでご紹介している中嶋幸治の作品の一部をオンラインショップで販売中。こちらからぜひご覧ください。
作品をお買い上げのお客様には解説冊子をプレゼントします。


☆シグオンラインショップ → https://cyg-morioka.stores.jp


 ● 開催概要

「中嶋幸治 横たわろう、通過せよ」

・日時:2022年9月17日(土)ー10月12日(水) 10:00–19:00 会期中無休
・入場無料
・会場:Cyg art gallery(シグアートギャラリー)〒020-0024 岩手県盛岡市菜園1-8-15 パルクアベニュー・カワトク cube-Ⅱ B1F
展示特設ウェブページ(Cyg art gallery Webサイト内)


 青森県平川市 (旧平賀町) 生まれ、在住の美術家、中嶋幸治の個展を開催します。中嶋はこれまで紙や写真を繊細に扱った表現を展開しながら、主に私家版でつくる書籍の編集・出版、展覧会の案内状デザインなどでも活躍してきました。
 中嶋の作品に通底するテーマとして「人の痕跡の記録」や「移動」を見出すことができます。またどの作品も、視覚的な美しさもさることながら触覚的な魅力を備えていることも特徴です。
 今回の展示では、眠る、休む、病に臥せるなど、「横たわる」ことで見える視点と、風や渡り鳥が一方から他方へと流れ「通過」する視点、その二つをテーマに据えました。介護のため、長く拠点としてきた札幌からの帰郷を経た中嶋が、ドローイングや写真の新作を中心に発表する、東北では初めての個展となります。ぜひご高覧ください。

●展示によせて・中嶋幸治の言葉

 私は身も心もぼろぼろだった頃、祈りとは何なのかという疑問を抱えながら一心不乱に走っていたことがある。低山の山頂と麓にある神社を100度の往復を目指して3カ月間1日も欠かさず走っていた。治癒をつかみとろうとしていたのだろう。ある時、遠方で暮らしている母が病に倒れ、手術を終えた後の面談の場で袋に入れられた肉腫を担当医から受け取り、たったいま母の体の内側から分離された生死を分かつものに触れ、幾重にも重なった複雑な感触に打ちのめされた。この出来事は走ることもつくることもケアに対する考え方も一変させたと思っている。
 
 その後、Covid-19によるパンデミックが世界中に深刻な被害をもたらし、私自身も遠く離れた故郷との往来が困難になる中、今度は父が病に倒れた。帰郷後、介護や求職や制度に連なる社会構造のひずみと正面から向き合う事態が続いている。このような定点において、個人的な事情を反映する表現に寄り掛かり、支えられていることを実感しつつ、つくることがすべてであってほしいと願う日々がある。
 
 頭上を渡鳥が飛び交い、飛行機が通り過ぎる。やってくる者、立ち去る者、向かう者を想像する。顔をあげて手を振る。清々しさに少しのさみしさが混じる。「横たわろう、通過せよ」はきっと、ここで意志を失わないようにするためのさえずりであり、生存を確認するための声なのだ。


● 作家プロフィール 中嶋幸治/Koji NAKAJIMA

美術作家, 介護者, りんご農園手伝い. 青森県平川市(旧平賀町)生まれ. 暮らしのなかにあって見過ごしているような光景を観測・提示する試みを行う. 近年は自身の境遇から「立ち止まりながらつくること」を実践するための表現方法を追求している. 2021年帰郷, 在住. 主な展覧会に個展「風とは」(2014, TEMPORARY SPACE, 札幌) 「札幌国際芸術祭2014」(2014, 札幌) など.

[ 個展 Solo Exhibitions ]
2014 [ 風とは ] Temporary space, 札幌
2010 [0m/s] Cafe esquisse, 札幌
2009 [ エンヴェロープの風の鱗 ] Temporary space, 札幌
2008 [ モーラ ] Temporary space, 札幌
2007 [Dam of wind,for the return] Temporary space, 札幌

 [ 主なグループ展 Selected Group Exhibitions ]
2020 [ サッポロ ・ アート さよなら昭和ビル ] CAI02, 札幌
2018 [ 物語のかけら ] 塩谷直美 (ガラス作家との 2 人展) CONTEXT-S, 札幌
2017 [ 分母第 2 号販売会 ・ 特集メタ佐藤-包み直される風景と呼び水-] Temporary Space, 札幌
2017 [ 日本ブックデザイン大賞 ] 秋山孝ポスター美術館長岡 ・ 蔵 , 長岡
2014 [ 札幌国際芸術祭 2014] 「時の座標軸」 札幌大通地下ギャラリー 500m 美術館 , 札幌
2013 [ さよならバグ ・ チルドレンをめぐる変奏 ] Temporary Space, 札幌
2012 [Northern Arts Collaboration “霜月” ] Gallery Monma Annex, 札幌
2008 [ サッポロ ・ アート ] CAI02, 札幌

 [ 出版 Self-published works ]
2017 [ 分母 #2] ( 日本ブックデザイン大賞 セルフパブリッシング部門入賞)
2013 [ 分母 ]
2007 [Packers]
2003-2005 [Zaland]

 [ 主なデザイン業務 Selected desigh works ]
2022 案内状 「光の子ども ーー言葉で描く。 絵で綴る。」 文月悠光 , 久野志乃 , GALLERY MONMA, 札幌
2022 案内状 「紙の仕事」 /馬渕寛子 , 古道具十一月 , 札幌
2020 案内状 「紙の仕事」 /馬渕寛子 , 古道具十一月 , 札幌
2018 案内状 「ふたたび、 花、 傍らに」 /村上仁美 ・ 鈴木余位 , Temporary space, 札幌
2015-2016 案内状 「怪物君、 歌垣」 /吉増剛造 , Temporary space, 札幌 , ( 共作 : 日章堂印房 )
2014-2015 案内状 「水機ヲル日、 ・ ・ ・ 」 /吉増剛造 , Temporary space, 札幌 , ( 共作 : 日章堂印房 )
2013 間奏歌集 「辺境 ・ 故郷号」 山田航 (かりん舎)
2013 すきとおったほんとうのたべもの/古館賢治 (NOODLES131)

 [ ワークショップ workshop ]
2016 Family Art Day in Moerenuma Park! (witart), モエレ沼公園 , 札幌

[ 収蔵、 常設展示 Collection,Permanent exhibition ]
Temporary space, 津軽伝承工芸館 ・ こけし館

Twitter:@Kojinakajima_
Webサイト:kojinakajima.com

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●お問合せ先

Cyg art gallery (シグアートギャラリー)
〒020-0024岩手県盛岡市菜園1-8-15 パルク・アベニューカワトク cube-Ⅱ B1F 営業時間:10:00-19:00
Website:https://cyg-morioka.com
・SNS
Twitter:@cyg_morioka
Facebook:Cyg art gallery
Instagram:@cyg_morioka
LINE:Cyg art gallery(週1回程度配信)


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