極めて良質な現代ロシアの短篇集「はじめに財布が消えた」
<文学(193歩目)>
「ロシア文学翻訳グループ クーチカ」による現代ロシア文学の短篇集で、とてもよくできています。
はじめに財布が消えた~現代ロシア短編集 (群像社ライブラリー)
リュドミーラ・エルマコーワ (監修), ロシア文学翻訳グループ クーチカ (翻訳)
群像社
「193歩目」は、ロシア現代文学の短篇集。予想に反して驚きでした。
何かと難しいイメージのロシア文学。心の奥底をえぐる作品が多く、個人的には大好物です。
その中で、この現代ロシア短篇集は現代のロシア人の視点でとても読ませてくれる作品集でした。
まず最初に書かれた年代は、「鉄のカーテン」なる言葉の世界で、私たちとは全く異質な世界であると考えられていた時代で、よく読む世界も不条理の中での人間を考えさせる作品が多い。
「ペレストロイカ」が始まり、長い間検閲で禁じられていた多くの作家の作品が自由に読めるようになった。
どうも、80年代の末からロシアに移行する時代は書店だけではなく、キオスクや露店にまで「本があふれ出した」ようです。
つまり、これまで作家は「印刷されることはなく、日の目を浴びることはないと認識していても、書き残そうと思って執筆されていた」状態からの一気の変遷です。
商業的に狙ったものではないから、書きたい作品が書かれる。とても興味深い。
「酔っ払いコチョウザメ マーシャ・トラウプ」
コチョウザメなるものがわからなかった。でも、主人公のアーニャは現代の東京でも理解できる女性。
旦那への愛のために、好物のチョウザメの買い出しをするも、チョウザメを持ち帰る手段なんかよくわかるはずもない。
でも、アーニャ以外の人はなぜか、こんなマイナーなことをよく知っている。モスクワからサンクトペテルブルクへの移動でアーニャにかかわる人々がちょっと味がある。
あ~、苦難の時代にも同じ人間がいると感じた。
「永久運動 ヴィクトル・シェンデローヴィチ」
この作品の登場人物はとてもロシア的。
芸術を愛し、不条理も頑張ってしまう。
この短篇のユーモアのセンスが素晴らしい。
「ドストエフスキのショコラ デニス・ドラグンスキイ」
とても短い作品なのに、現在愛しているサーシャ・フィリペンコさんと同じ切ない心が描かれている。「赤い十字」のおばあちゃんと同じようなおばあちゃんを感じた。
社会の「理不尽」に耐えるには「理不尽ゲーム」
事実は小説より奇なり「赤い十字」
読めてよかった「文化の脱走兵」、「理不尽ゲーム」「赤い十字」「手紙」の背景を知ることできました
「願望 その五 デニス・ドラグンスキイ」
若いころの「愛」は、どうしても性急に進めてしまいがち。
4つの願望「見たい」「知り合いたい」「やりたい」「結婚したい」に追加される5つ目の願望の「罵倒してやりたい」。
それでも、一人の人を苦しいほど愛してしまっているのですね。
切ない「愛」の願望でドラグンスキイさんに関心が高まった。
「はじめに財布が消えた… セルゲイ・デニセンコ」
表題作で、ものすごい短い。
でも、「はじめに消えたのは財布だった。」からの展開に、ドキリとする言葉が差し込まれている。ミルクをこぼしながら歩く爺さんに声をかけて注意を促すと「こぼれ落ちているのはお前の人生だ」と。いやー、とてもシュールな展開。短篇なのですが、とても深い。
「安らぎ エヴゲーニイ・グリシコヴェーツ」
身近な家族との幸せがアタリマエになると出てくるお話。
とても短篇ですが、家族のやすらぎを表現した作品として秀逸と感じた。
「動物の世界 ローラ・ベロイワン」
題名では???なのですが、とてもいい感じの愛を継続させる秘訣が描かれた作品。「犬にキスをしているときにその子が突然おならをしたからって侮辱されたとは思わないでしょ?」に要諦が詰まっている。
とても面白い。
「クラクフのデーモン マクス・フライ」
この短篇集で一番深い作品。長編にできるものをそぎ落として短篇にした感じ。
でも、そぎ落とすことで伝わるものが増えた作品で、とても心に残る。
想像以上に面白かった。
こんな作品集は出会いが多くていいです。
もっと読みたくなりました。
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