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【感想】安壇美緒著『ラブカは静かに弓を持つ』※ネタバレ有

読了後の感想ですのでネタバレ有りです。お気をつけください。
私の自己満足感想文ですので文章が雑です。
あくまで個人的な感想です。

●安壇美緒著『ラブカは静かに弓を持つ』

SNSで度々見かけて気になっていたのですが、いつも行く書店ではなかなかお目にかかれず…
探し始めて2ヶ月くらいの頃、ふらっといつもの書店に散歩をしに行ったところ発見!ようやく買えました!!
今思えば通販で買えばよかったのではとも思いますが、やっぱり書店で手に取れると嬉しいですよね。
今年の本屋大賞にノミネートされましたし、結果が楽しみです。

[スパイ×音楽]ってどういうこと?と気になったのが最初。
あとはあらすじを読んでみて、すごく惹かれたので購入しました。
と、いうことでざっくりあらすじという名の導入。

全日本音楽著作権連盟に勤務する主人公、橘樹たちばな いつきは関わりの薄い上司、塩坪しおつぼに地下の資料室に呼び出される。
「君、チェロが弾けるんだってね?」
上司の要件は”音楽教室への潜入調査”だった。期間は2年間。
週に1回、金曜日の夜に講師・浅葉桜太郎あさば おうたろうの生徒となり、13歳の頃に手放したチェロとの再会を果たす。
浅葉との出会い、そしてチェロとの再会が橘を変えていく。
「みずから作り上げた巨大な防壁の向こう側に、いい加減、一歩を踏み出すべきだった。」

読んでいる時から、この本すきだな……としみじみと感じました。
橘のキャラクターなのか、それとも著者の文章なのか、世界観なのか……
丁寧で、繊細で、優しい雰囲気のある物語でした。
橘はチェロを手放した頃からどこか不安定で、近くにいたら心配になるような人なのですが、彼の心の動きや思考の揺らぎ方が文章を通して伝わってくる。

物語は橘の視点で語られ、作中の映画『戦慄きのラブカ』をなぞるように進んでいきます。
『戦慄きのラブカ』という映画は、主人公のスパイが敵国に潜入し、スパイとしての皮を被りながらでも、1人の人間として過ごした平穏で幸せな日常は全てが嘘ではなく、最後は仕事だったはずの敵国での日常を守り、死んでいくというような概要でした。

橘の思考と行動のちぐはぐさや、なんとなく自分を切り捨てて生きているような感覚に、僅かに共感を覚えました。
作中の台詞にもありましたが、良いことも悪いことも私たちには”ストレス”という形で刺激を与えてくるんですよね。
悪いことなら耐えればなんとかなるような気がするけど、良いことならどうでしょうね。
低い位置で起伏もなく生きているところに良いことが起きると、それは一時的にでも高い位置に連れて行かれてしまうということで、すなわちそこから落ちることになる。
いつも通りの高さに戻っただけなのに。
橘はそういった刺激に萎縮して生きているんだと感じました。
そして、これは私の個人的な感想ですが、
どうにもならないのであれば自身が死んで仕舞えばいいと、無自覚にも頭の端に置いているような印象を受けました。

そんな橘が段々と視線を上げて、前を向いて、空を見て、息をしていく。

印象的なシーン

すきなシーンや文章が多すぎて……!!
順番はバラバラですが書き留めておきたいので一気にいきます。
長くなるけど私は私のために書きます!笑
引用→感想の順で書き連ねていきます。

「ちょっと遠くの小窓の向こうに音を届けるように弾いてみて。」

p132

発表会、緊張の中で演奏しながら深く深く潜っていくところで思い出される浅葉からの助言です。
他者との関わりを最低限に控えている橘が、他者の言葉に影響され、アクションに移すシーンです。
この後も、度々この言葉を思い出すシーンがあるのが素敵。
小窓の向こうというのがいい。その小窓がきっと自他の境界線なんだと思いました。

「人生、厳しくなってきちゃったら、まずは光を見たくないだろ。だから河川敷まで降りてやったのに、どいつもこいつもピカピカさせやがって。腹が立ったよ。たったそれだけのことすら俺に都合よくできていない、世界ってやつに。」

p186

なんか詩的な一言だなと思って印象に残っています。
橘と浅葉が初めてサシでお酒を交わすシーンでの浅葉の台詞です。
浅葉は決して自己中心的な男ではないと思いますが、気分が落ち込んでいるところにお酒が入っているというのもあって漏れた一言なのかなと思いました。また、それを橘に伝えることで橘への信用が見えるシーンだと感じました。

「橘君は、もう大人だ。背だって俺よりずっとでかいし、もう誘拐なんてされたりしない。誰も楽器を壊しはしないし、君のことだって探さない。自分のチェロを背負っても、ちゃんと家に帰れるよ。」

p200

そこに立っている人間は、疑う余地もなくもう大人で、遠い昔から固定されてままだった脆弱なセルフイメージを軽やかに飛び越えた。

p290

先行きがわからない現実に立ち向かう橘の背中を、大きな楽器が支えていた。

p295

読んだ方ならきっと共感してくれるはず。すごくすき。
1つ目の引用にあげた浅葉の台詞の前に、橘が堰を切ったように過去の話をしているところもすき。
上記に挙げたそれぞれのシーンは橘の変化を象徴する文章だと思っています。
うまく言葉にできませんが、たまらなくすきなシーンです。

お世話になりました、と会釈をすると、こちらこそ、と端正な微笑みが返された。あの夜のことなんて存在しなかったような、他人行儀な美しさだ。
「あの、もしよかったら連絡先を」
「じゃあ社用メールに送っておきますね。いまお財布しか持ってなくて」
定時までには送りますね、とロングコートの美女がひと足早く、正面玄関から去って行く。それから就業時刻まで待ってみても、三船からメールは届かなかった。

p294

今まで避けていたコミュニケーションを無意識でかつ自発的に行うシーン。
どういう気持ちで連絡先を聞いたんだろう。
これもまたうまく表現できないのですが、なんでもないようでいて、すごく重要なシーンなんじゃないかという気がします。
でもきっと、仮に連絡先を交換できていたとしても連絡はしなそうな感じがする。

感想と考えたこと

とっておきのすきなシーン。
浅葉やミカサで出会った人たちに全著連のスパイであることがバレてしまい、一方的に関係を断とうとしたにも関わらず、偶然の再会をきっかけに再びコミュニティに戻りたいと頭を悩ませている橘のもとに連絡が来るシーン。
橘としては気にもとめていなかったような相手から、望んでいた連絡を受け取った橘の心情。

予想だにしないことが次々と起こってしまうのだ。
生きていると。

p277~p278

このシーンが印象的でした。
生きるってそういうことなのかもしれないな、と気付かされました。
ここまで生きてきた中で良いことも悪いこともたくさんあったけど、それらが今の位置に私を連れてきてくれている。
現在地は決して居心地の良い場所ではないけど、それでも私の些細な積み重ねで今日まで生きてきたんだ、と。
言葉にしてしまうと当たり前な気がしてしまいますが、もう少し深いところで納得ができたような気がします。
同時に、現在地から先はこれから為される自分自身の些細な意思決定によって変わっていくんだろうな。

話は変わりますが、小さい頃に「自分がされて嫌なことは他人にもしてはいけません」って言われたことありませんか?
私は「じゃあ自分が嫌じゃないなら人にしても良いのか?」といいう屁理屈とセットで記憶に残っています。
大人になると改めて、「自分がされて嫌なことを他人にしない」ことの重要性が理解できますね。
作中にも出てきますが、”第三者への想像力”というワード。
多分、人間は元々備えているものではなくて、大人になるに連れて身につけていくものなんだろうな。
だから、気を抜くと欠けていってしまうものなのかもしれませんね。
この話は長くなりそうだからここでやめておきます。
得手不得手があることだと思いますが、”第三者への想像力”を働かせて生きていきたいですね。

今回も長くなりました。不思議。
本屋大賞ノミネートも納得の1冊でした。読めてよかった。個人的には激推しです。
閉ざして生きる橘が、無意識に信用している浅葉からの言葉で氷が溶けるように変わっていく、その温かさが身に沁みる多幸感のある本でした。
橘の視点でストーリーが進行していくので、彼が落ち込めばこちらの気持ちも暗くなりますが、一緒に変われたような感覚になりました。
音楽と小説って漠然と疑問がありましたが、音色の美しさも伝わってくるような優しい文体も心地よい。
映像化しても面白いだろうな……

割れ物のような繊細さと、清く澄んだ美しさを持つ1冊です。
読了後はとても穏やかな気持ちになりました。

思うところが多すぎて、今まで以上に支離滅裂で申し訳ないです。
こんな感想を読んでいただき、ありがとうございました。
気になっているという方には自信を持ってお勧めします。
拙い感想ながら、ご興味をお持ちいただけたのなら是非、お手に取ってみてください。

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