【小説】うちのにゃんこ
うちのにゃんこは穏やかだ。
動きもゆっくりだし、声も落ち着いている。
わたしよりずっと背が高いはずなのに、いつも床に転がってるから全然威圧感がない。
実は切れ長な目も、縁取られた中にある真ん丸の瞳が柔らかい色を発しているから鋭さは感じない。
くわ、と大きく開いた口には立派な犬歯があって、あくびを隠そうともしない様子が猫そのもの。
すきなときに寝転がって、好きなときに移動して、いつの間にか行われている家事は見たことがないから、たぶんわたしがいないときにやっている。
休日は一日二人とも床に転がっている。
床暖という文明の機器はわたし一人の時には作用しなかったのだけれど、にゃんこを飼うようになってから、彼があまりに床と仲良くするものだから試しに入れてみた。
最高だった。
現に休日は布団から出ないがモットーだったわたしが、冬にも床に転がっている。
朝、カーテンの隙間から溢れる日差しがあまりに白くて、口から溢れる息も白くて、床暖が切れているのに気づいた。
「…にゃんこ?」
凍えてない?
ベッドから降りてリビングに向かうと、米が炊ける匂いがした。
それだけで気温が数度上がった心地がする。
たぶん料理で火を使って、部屋の温度も寝室より数度高いのだろう。
こちらに気づいたにゃんこが、ふわっと笑う。
「ごはん」
甘くて柔らかくて低い彼の声が、冷えた体に染みる。
「米、焚けたのね」
いろんな意味で。
うちには炊飯器はないし、彼が来てからも導入されていない。
いつかの土鍋が鎮座していて、よく見つけたものだと感心した。
わたしよりもたぶん、うちの物に詳しい。
きょとんとした彼を尻目に、珍しく家庭料理的な雰囲気だなと思っていたら、白い米と一緒に出てきたのはふわふわとろとろのオムレツで、ホテルのワンプレートを彷彿とさせてくるので一気に気が反れた。
窓見ると、白く細かい雪がちらちらと舞っていた。
なるほど、これは冷えるはずだ。
床暖のスイッチをつけて、裸足のにゃんこに声をかける。
そういえば、彼用のソックスがない。
おなじみのタブレット割をつけて、彼にスクロールしながら見せると、珍しく少しじっくり見つめた彼が、スクロールを指で止めた。
「…ふふ、かわいいね」
「ねこの」
「違うよ、にゃんこの」
なあんだ、とでもいうように、とたんに興味を無くした様子のにゃんこは、寝室に向かってわたしのベッドに潜り込んだ。
布団のなかでまんまるく丸まっているのがフォルムでわかる。
やっぱり寒かったのね、と、彼が指差した商品をタップする。
足首まですっぽり入る部屋用のもこもこスリッパは、白とピンクの猫足型。
綿がたっぷり入ったタイプで、足裏は滑り止めの小さい粒々が薄く張ってある。
彼の足が入る大きさだと、両足がかなり大きくなるんじゃないだろうか。
ちょっと歩き難そうだけど、可愛いから良い。
いつもぺたぺたと歩くうちの天使に、猫足をつけてあげよう。
オムレツプレートをひとりで食べながら、ベッドで静かに丸まるにゃんこを覗き見る。
さっきまで私が入っていたそれは、残り火で温いのだろう。
小さく寝息が聞こえる。
家庭料理かと思えばホテルのようで、作ったかと思えば自分は寝て、一緒に食べることもしない。
この不思議な距離感がちょうど良い。
ベッドの縁に背中を預けて座り、枕元に積んでいた本を一冊捲る。
床暖もほどよく機能し始め、部屋の空気ももう冷たくはない。
背後にある小さな気配が、静かにわたしを物語の世界に誘わせた。