おいしい読書
小学生のころに読書カードというものがあった。あれはどこの学校にもあったのだろうか。
僕の学校の読書カードは、自分の読んだ本を記録し、月に一度くらい先生に見せる。そしてスタンプをもらう、というものだった。
帰りの会の先生はときどきこの読書カードを話題にした。先生は読書をたくさんすることを褒めた。色んな世界を見たり、感じたりするのに読書はいい、と教えてくれた。
先生のねらい通り、生徒たちは読書する子はかっこいい、という空気を作り出した。もちろんかっこよさでいうと足の速い子にはかなわないけど、クラスの中でちょっとすごいやつ、と思われることができた。
読書カードの話題において、もっぱらすごいと言われるのは読んだ冊数の多い子だった。読書カードいっぱいに読んだ本を書いている子は誇らしげだった。
僕も読書が好きだったけれど、好きだったのは歴史物や推理物だった。三國志や西遊記、ガンバの大冒険、怪盗ルパンシリーズなど長編が多かった。だから読んだ冊数でいうとそこまで多い方ではなかった。
僕は文字数ならクラスのだれよりも読んでいたはずなのに、冊数が多い方が評価されるのがなんとなくおかしいと思っていた。
もっとも、読んだ冊数の多い子が人気になる程、意地になって面白い長編ばかり読んでいた節もあるのだけれど。
断っておくと、小学生なので自分のことばかりに集中していて、褒められている子に対して、ねたんだり見下したりはしてはいなかった。僕もいっぱい読んでるんだよ、ということがわかってもらえないのがただ単に悔しかったのだ。
読書カードを先生が始めた理由は、子供たちの読書を目に見える形に記録させる。そして達成感を味あわせてさらに読書を促す、ということが一つにあったと思う。
一定の成果として冊数という数字を確認させ、充実感というご褒美が与えられる。僕たち生徒もそれをかっこいいと思っていたので、この点はうまくいっていた気がする。
ただ、カードの表に記録するのは一行につき一冊だった。何ページの本を読んでも、難しい本を頑張って読みきっても一冊は一冊。長編ファンタジーを読んで楽しいと思う僕のような子供にはあまり向いていなかった。
世の中には本当にたくさんの本が溢れている。本屋さんに行くたびにまだこんなに読んでない本があるんだ、と圧倒される。とてもじゃないけど読み切るなんて不可能だ。人生が短すぎるし、他にもやりたいことはたくさんある。
でも、世界中の人が書いた本を読むと、自分の知らない世界がそこには広がっていてワクワクする。想像に想いを馳せ、ニヤニヤする。一冊でも多く読みたいのだけど、一冊を永遠に読み返したくもなる。
話は変わるが僕はオタクと呼ばれる人たちがとても好きだ。(前にもこの話はかいた。)一つのジャンルや一つの作品に長い時間を費やし、その中に色々なストーリーを見出し、感動し、応援する。誰に頼まれたわけでもなくお金や時間、感情をつぎ込むのは美しいと思う。時にその愛がゆえに他の人を攻撃してしまうのはちょっとアレだけど。笑
オタクたちは一つのものをとにかく深く追求する。他の名作や新作よりも何度も見ているその一つをもう一度見る。そして実際、色々な側面から見るとどんどんとそのものの新しい面が見えてくる。作品は変わらなくても、自分がどんどん変化しているからだ。
名作にはオタクが多い。シェイクスピアにも、カントにも、ピカソにも、手塚治虫にも、エジソンにも、スティーブ・ジョブスにもたくさんのオタクがいる。それだけたくさんのものがそこから見えるから、多くの人を魅了する。
読書カードの話を思い出したのは、大人になった今でも本を年間〇〇冊読んでいますと言う人を時々見かけるからだと思う。
たくさんの本を読めるのはすごい。本だけじゃなく、映画でも、いった国でも、おいしいレストランでも、子供でも、数が多いのはすごい。そして間違いなく身になっていて実際に役立っていることもわかる。幅広い経験で人生は豊かになる。
でも、一つの物語を時間をかけて読んだり、何度も読みかえすことにも同じくらい意味があると思う。読んでいるときは難しくても、日々の暮らしをしていると突然意味がわかったりする。好きで読んだ長編小説の登場人物は、電車で隣に座る人よりも身近に感じる。そういうことはたくさんある。
読書から得られることは本当に多い。
知らないことを教えてくれ、見えないものを想像させてくれ、知らない人の体験を共有してもらえる。だからたくさん本を読む人はすごい。
でも、何冊読んだかと同じくらい何を読んだかも大切だ。
今の自分に合った本を、植物に水やりをするようにかけてあげると健やかに育てるような気がする。みんなが大木になりたいわけではない、なれるわけではないのだから、自分にあった量を自分にあった時にというのが大切なのだろう。
あの名作も、あのベストセラーも全部は読み切れない。
でも、読んでよかったなと思える本を一冊ずつ積み重ねられればそれでいいのだ。
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