千夜千首#4/薬屋の屋根をも濡らし生きている世界をつつむあたたかい雨
こんばんは! 毎夜19時に、あなたの心に響く一首をお届けする「千夜千首」。第4夜目は、この1週間ご紹介してきた小島なおさんの締めくくりです。
今日もお疲れさまでした! 明るい気持ちになれる短歌で、一日を締めくくりましょう。
お届けするのは、毎日短歌を読みつつ「心のお守り」になるような言葉を探したり、詠んだりしているつくだ@書籍編集×作家です。普段は文章を書いたりまとめたりする仕事をしています。
では小島なおさんの作品をデビュー作『乱反射』からご紹介しましょう。
薬屋の屋根をも濡らし
生きている
世界をつつむ
あたたかい雨
一見するとこの歌は雨が降っている情景を描写した作品のように読めます。しかし一つ一つの言葉を深掘りしていくと、そこには収まらない味わいをもった歌であることがわかります。
まず「薬屋の屋根」という言葉。小島さんはなぜ薬屋さんの屋根に「あたたかい雨」を降らしたのでしょう。
それはおそらく「薬屋」が治癒を比喩したものであるからです。そこに雨が降る。雨も生命の源です。生命の源である雨が治癒の象徴である薬屋さんの屋根に降り、そして生きている世界に広がっていく。
まさに「世界をつつむ」という言葉が示すように、しかもその雨はあまねく世界を優しく包み込む慈愛のような雨です。その優しさは「あたたかい雨」という言葉に修飾されることによって、さらに強調されます。
そして、結句。文末に「雨」という名詞をおくことですべてを包み込むように優しく降る雨の様子を強く印象づけています。と同時に体言止めがもたらす「雨の温かさがいつまでも心に残るような余韻」が読者を楽しませてくれます。
この歌は、本書に収められた274首の歌の最後に置かれています。わたしにはそれがこの歌集そのものが、まさに「生きている世界をつつむあたたかい雨」であるように思えました。
実際、これまでにご紹介してきた「読みかけの本もったまま眠る昼遠浅のしろい海の夢みる」も、そのゆったりとした穏やかな情景は、どこか「あたたかい雨」の歌が醸し出す情景に似てはいないでしょうか? それは、前者には「海」、そして後者には「雨」と同じ「水」が描かれているからかもしれません。
とすると、昨日ご紹介した「噴水に乱反射する光あり性愛をまだ知らないわたし」も少し読み方が変わってきます。「噴水」の水は元をたどれば雨と同じ「水」です。そして、水は命の源であるとともに慈愛の象徴です。噴水の水も、雨と同じように空から降り注ぎ、生命を育む役割を果たしています。
そう考えていくと、この歌は「思春期には乱反射する光のような時期もあるけれど、あたたかき雨の発露としての水は主体をあたたかく見守るように流れている」とも読めます。
平易な言葉で優しい雨のように綴られた歌。平がなを多めにしたやわらかな言葉と穏やかなリズムをもつこれらの歌は、そのせいもあって読後感が非常に良く、心地よい読後感をもたらしてくれます。
なお小島なおさんは、このほかに『サリンジャーは死んでしまった』『展開図』などの歌集を出されていますが、現在は手に入りにくい状況です。図書館で見かけたら、ぜひ読んでみてくださいね。
今日もまた、実に味わい深く素晴らしい歌に出会いました。感謝!
小島なおさんのプロフィール
小島なおさんは、1986年生まれの女性歌人。お父様の仕事の都合で、幼少期にアメリカで暮らした経験を持つ。日常の風景や感情を繊細な筆致で描く作品で知られ、独自の感性で、現代社会を瑞々しく捉える。18歳という若さで2004年に角川短歌賞を受賞したデビュー作『乱反射』は、多くの読者に衝撃を与えた。
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かの大編集者・松岡正剛さんの人気連載「千夜千冊」のごとく、毎夜にわたり、おすすめの現代短歌を一首ご紹介していく連載企画「千夜千首」、お楽しみいただけたでしょうか?
それぞれの歌についてわたしなりに解説していますが、その解釈にかかわらずご自由に解釈して楽しんでいただけたら幸いです。もしよければ、その感想をコメントにお寄せいただけたらとても嬉しいです。
明日からは、穗村弘さんの歌を毎夜1首ずつお届けしていきます。
どうぞお楽しみに!
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