千夜千首#6/体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ
こんばんは。今日もお疲れさまでした! 毎夜19時に、あなたの心に響きそうな一首を選びじっくり解説していく「千夜千首」。第6夜は、穂村弘さんの作品を味わっていきます。
今回は心温まる愛の短歌で、一日を締めくくっていきますね。
お届けするのは、毎日短歌を読み、『心のお守り』になるような言葉を探してはnoteで紹介しているつくだです。書籍の編集や文を書いています。
では穂村弘さんの作品を自選ベスト版歌集『ラインマーカーズ』からご紹介していきましょう。
体温計くわえて窓に額つけ
「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ
この歌は、言葉遊びの面白さと、日常のひとコマを鮮やかに切り取った描写が魅力的な歌です。そして心温まる相聞歌としても読むことができます。
詳しく説明すると、体温計をくわえている彼女が額を窓につけ外を眺めていると、雪が降ってきた。そこで彼女は「雪だ」と口にするのですが、口に体温計をくわえているので「ゆひら」となってしまった。
窓の外を見て、雪が降っていることに気づいたのでしょう。パートナーは「雪のことかよ」と彼女にちょっと茶化してツッコミを入れる。そんな微笑ましい風景を読んだ歌です。この歌は相聞歌(愛の歌)としてよく紹介されており、『ラインマーカー』においても冒頭で紹介されています。
では、この歌で使われている技法について触れていきましょう。
まずは「体温計」の「たい」と「額」の「たい」で韻が踏まれています。二つの音の繰り返しは、子供がよく使う言葉遊びのような、単純で耳に心地よい響きを生み出しています。また、韻を踏むことにより歌のリズム感がよくなり軽快さを生み出しています。
そして「ゆひら」という言葉。これは単に「雪だ」という意味だけではなく、擬音語としても作用しています。つまり、窓の外でひらひらと降る雪、それをも表現しているのではないかとわたしは感じました。
また、体温計をくわえているということは彼女は発熱しているわけで、その発熱するなかで「ゆひら」と言う。これは意識と幻の境目を現しているようにも取れます。
熱があるためにある種幻想的にも映る雪の情景に感動して、でも思ったように口にできなくて出た言葉が「ゆひら」だったとも考えられます。
と同時に「ゆひら」といってさわぐ彼女の様子は、子供のような純真さを感じさせてくれます。体温計を口にくわえて、冷たい窓に額をくっつける。そして「ゆひら」といって雪を喜ぶ。実に愛らしい姿ではないでしょうか。
このように「ゆひら」という言葉一つとっても、雪の降る様子、女心、現実と非現実の境界など、様々な要素が内包されているように感じられました。
そして結句はいままでの客観描写と打って変わった口語的な主観描写で終わります。ここで「ゆひら」という言葉の謎が解け、「そうか、雪のことだったんだ。微笑ましい風景だな」と読者たる私たちは思うのです。
歌人の山田航さんと穂村さんの共著に『世界中が夕焼け』という本があります。「穗村弘の短歌の秘密」とサブタイトルにある本書は、穂村さんの独特な歌の世界を山田さんが一首ずつ解き明かし、それに穂村さんが応えて語るというファン必携の一冊です。
本書において山田さんは次のように語っています。
まさに短歌の醍醐味を味わい尽くさせてくれる歌でした。
今日もまた、実に味わい深く素晴らしい歌に出会いました。感謝!
穂村弘さんのプロフィール
穂村宏さんは、1962年、札幌生まれの歌人です。1990年、歌集『シンジケート』でデビューする。その後、評論、エッセイ、絵本、翻訳などさまざまな分野で活躍されています。『手紙屋まみ、夏の引っ越し(ウサギ連れ)』『世界音痴』ほか、著書多数。『短歌の友人』で伊藤整文学賞、『鳥肌が』で講談社エッセイ賞、『水中翼船炎上中』で、若山牧水賞を受賞する。
穂村さんの他の作品も読んでみたい方は、ぜひこちらをご覧ください。
穂村さんの作品の魅力に迫るにはこちらの本もおすすめです。
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かの大編集者・松岡正剛さんの人気連載「千夜千冊」のごとく、毎夜にわたり、おすすめの現代短歌を一首ご紹介していく連載企画「千夜千首」、お楽しみいただけたでしょうか?
それぞれの歌についてわたしなりに解説していますが、その解釈にかかわらずご自由に解釈して楽しんでいただけたら幸いです。もしよければ、その感想をコメントにお寄せいただけたらとても嬉しいです。
明日も穗村弘さんの、心に響く1首をお届けしていきます。
どうぞお楽しみに!
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