
笑顔のために
先日父が「ミスド食べたい」
とボソッと言った。
その父の願いは、母の「家の周辺にない」という理由であっけなく断られたが、何故ミスドに行きたいのだろうと私の思考に引っ掛かった。
ミスドなんてもう十何年も行っていない。
なぜ行きたいなんて言い出したのだろう。
私はミスドを調べてみた。
すると、今バレンタイン仕様で売られている期間限定の商品がものすごく美味しそうだ。
あまり認めたくないが、父と私は食の好みが似ている。レストランに行ってもよく頼むメニューが被る。
私は、きっと父はこのドーナツが食べてみたいに違いないと予想した。
ちょうど2週間後、バレンタインである。
食べたいものを食べたい時に食べることほど幸せなことはないはずだ。
私はこのドーナツを父へのバレンタインプレゼントにしようと考えた。
しかし家の周りにはミスドはない。
そこで職場の周りを調べたところ、職場から歩いて15分くらいのところにあることがわかった。
しかし帰りに買っていたのではきっと売り切れている。しかし片道15分、往復30分。購入にきっと10分くらいはかかるだろう。1時間しかないお昼休憩に行っていたのでは、ご飯を食べる時間がなくなる。
どうしよう。
2週間ある。私は策を練った。
前日におにぎりを握っておき、
おにぎりを食べながらお店まで歩けばいいのではないか。
私は前日、母にお弁当に詰めるよう言われたおかずも、全ておにぎりの中に詰め込んだ。
そして当日。
なかなか強風だった。
伸ばし中の髪の毛が縦横無尽に視界を遮る。
それでもおにぎりを食べようする私。
無理やり詰めたおかずが、ポロポロと溢れそうになる。
少し無理があったか。
おにぎりと一緒に髪の毛も食べつつ、私は小走りでミスドへと急いだ。
ちょうど15分。Google先生はさすがである。
やっとの思いで店舗に着いた。
しかしない。
期間限定のドーナツ全てが店舗の棚にないのである。
見ると、「本日の販売は終了しました」とペラっと紙が入っているではないか。
そんな……
私は隣のバレンタイン特設売り場のチョコレートを一通り見ながら考えた。
一回裏にもないか聞いてみよう。
私は再度ミスドへ行き、勇気を出して聞いてみた。
「このシリーズってもう全部ないですか?」
するとお姉さんが、「フランボワーズのだけあります!」と持ってきてくれた。なんて運がいいのだろう。
私はドーナツを3つ買い、職場へと急いで帰った。
意外にも休憩の時間も残り、
残りのおにぎりをゆっくりと食べる時間も確保できた。
席の隣にミスドの箱を置く。
なんだか可愛く見えてきた。
頑張って買ったドーナツである。
私の大事な大事なドーナツだ。
午後は自席から離れる仕事が多く、
ドーナツが大丈夫か不安になりながら、
自席に戻っても隣にドーナツがいるとなんだかワクワクしながら仕事した。
隣にドーナツがあるとこんなにも心が弾むのか。
ドーナツ買うのも悪くないな。
そして大事なドーナツが傾かないよう
平を意識しながら帰宅。
夕飯に美味しいパスタを食べ、いよいよである。
私は「ハッピーバレンタイン」と言ってテーブルの上にドーナツの箱を置いた。
「わー〜」と母からも父からも歓声が上がる。
「そうこれこれ」と父がワクワクしながら箱の中を覗いた。
完璧だ。
私が描いていた通りに喜んでくれた。
何度も言ってくれる「ありがとう!」という感謝の言葉に、私まで嬉しさが込み上げてニタつきそうになる。それがなんだか恥ずかしくて、直接父の表情が見れなかった。
後からドーナツを撮った写真を見返したら、
父の笑顔もしっかりとおさめられていた。
この笑顔のために、私は頑張ったのだ。
という美談なら良いのだが、
実際は父がドーナツ食べたいと言う前から、私はネットニュースで期間限定のドーナツを見て食べたいと思っていた。
要は、私が、食べてみたかったのである。
それでもあの2人の笑顔が見れたのだから。
私は本音という真実をここに隠しておこう。
真実を隠しても、久しぶりのドーナツの甘さが口いっぱいに広がり、幸せを運んできてくれた。
2週間かけた計画。完璧である。
と思っていたが、やはり代償はあった。
お風呂前コンタクトを外したら、片方落として無くしてしまった。
2Weekのコンタクトだから片方だけでも値段が高い。
うん……
なかなかな代償である。