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It's a long way to La Salle high school
It's a long way to La Salle high school, It's a long way to go.
It's a long way to La Salle high school, To the brightest spot we know.
We come from Hakodate(Kagoshima), come from ev'rywhere.
It's a l
リヒテルによるバッハヘ長調協奏曲
ニコラエフスキー指揮モスクワ音楽院室内管弦楽団によります。
フルートは、ヴォロシツォヴァ、ミハイロフです。このうち、ヴォロシツォヴァとは20世紀音楽の夕べでも共演していて映像記録があります。
バッハ解釈にみられる、起伏のある変化が、「室内楽」のスタイルのなかで抑制されています。うるさくなく耳障りのよいものとなります。
さあ、祭りはおわった。
ラ・サーリアンの諸兄諸君。ファミリー・スピリットだ。
いま、首都圏の域内で、最前線で、コロナ禍に立ち向かっている同窓生たちがいる。
側面援助を。われらの知恵を。
ファミリー・スピリット
ラ・サーリアンよ。ファミリー・スピリットだ。
映像監督アンリ・アルカン
「美女と野獣」「ベルリン・天使の詩」などです。うまいですね。
そして、この2作品に関しては、どちらも研究実習の対象となります。
イリーナ・メジューエワ氏の視点
講談社現代新書の『ピアノの名曲』を確認しました。実に面白いです。
平均律クラヴィーア曲集1-1プレリュード
聖性への言及から離れて久しいですが、戻ればそこには価値が保全されてあります。
バッハは、プロテスタントでした。そのことに起因する割増の表現因子は、わたしの仕事の領域ではありません。
幼子イエズスに注ぐ20のまなざし
メシアンの曲です。ピエール=ローラン・エマール演奏。音は鮮烈です。しかし、メシアンの曲における多様性が、おそらくは演奏家の方ではなくて作曲者の方が原因で不足しているように思います。
ナハトの部分が、いまひとつ驚きをともなわなかったのです。
祈りながらつくる、祈りをつくる、祈りをみつめる祈りをつくる、の3種類が分明であることが必要なのだと思います。
また、それらを超越するつくり、があれば、なお
ブラームスのピアノ協奏曲第2番の最終楽章
走り、うたいます。この浮遊感が、ロマンチックな旋律のなかに出現するので、これは一種の「若さ」の表現でしょう。
リヒテルの音で確認すると、強弱などの対比奏法のほかに、自ずからあらわれてくる変化があります。
それにしても、ソリストはワーグナーに学んだと言っていました。わたしは、ワーグナーに学ばない者なので、感覚的によくわからないものです。
おそらくは、「劇化」の手法の問題です。
レオニード・コーガンによるバッハ・サラバンド
フランスでの演奏映像です。アンコールを集めたCDもでていますが、さすがに、短い曲で聴衆のこころを持っていきます。
諸井三郎氏の交響曲第3番
「別れの歌」でした。ドイツの流儀で、日本、ドイツといった地上世界に別れを告げたのではないかと考えています。