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80m 〜ビリジャンヒュー/木漏れ日の色 ひと色展〜
80m。
校舎と校庭を分けるちょうど中間にある校門から、げた箱の並ぶ昇降口までの、距離。
そこは桜並木で、私が彼に出会ったのは、桜吹雪の祝福を受けた入学式だった。
一目惚れなんて、初めてだった。
ヒラヒラと舞う花びらと大輪の八重をたわわに抱えた枝の隙間から、差し込む芽生えたばかりの春の色が、彼を若いグリーンに浮かび上がらせていた。
本当だ。誰も信じてくれないけど。
授業の終わるチャイムと共に、私は鞄をつかんで昇降口に走る。
そして、自分のげた箱の靴を前に、ただ待つ。
午後の暖かい風の中、隣のクラスの彼が8mくらい向こうに現れて、靴を履き替える。
このタイミングが合えば、私の心は踊り出す。
何事もないふりをして、同じ速度で外への靴を履く。
そして、彼の後ろ8mくらいをついていく。
何事もなく帰るふりして。
校門までの80m、背中だけを見ている。
校庭の端の運動部部室に消えていく彼を。
二週間後。
我ながら、ストーカーのようだと内心苦笑して履き替えた上履きを置き、振り返って小さく叫んでしまった。
「毎日、帰るの早いね。」
背中を見ていただけの彼が、真っ直ぐ笑っていた。
「え、あ、まだ部活、決められなくて…」
「そうなん?俺は野球一筋だからさ。」
知ってる。毎日腰の辺りで弾むスポーツバック、見てるから。
それから、少しずつ、80mで会話できるようになった。
柔らかな春の陽射しが若葉の光を通すときには、自己紹介的だった口調も、初夏の眩しい白い光が濃い緑に反射する頃には、笑いあえるようになった。
夢のようだった。
でも、人はなんて、私はなんて欲張りなんだろう。
もっと近くに、いたいだなんて。
80mを、超えたい。
それはぜいたく?無理なのかな?
その日は、斜め上の彼の向こう、夏の葉がざわめいた。
「次の試合、応援に来てよ。」
彼が、何気ない顔して、でも校門の端っこの木を見ながら言った。
その先は、遮るものない真夏への光。
「行くよ、絶対。」
そよいだ風が木漏れ日を揺らして、薄くて濃くてこれから広がる緑が、二人の影を重ねた。
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こちらのショートショートは、イシノアサミさんの単色イラスト「ひと色展」のために書きました。ビリジャンヒュー、自然界の緑色の、木漏れ日の色がテーマです。
さまざまな木漏れ日を感じていただけたら、嬉しいです。
ありがとうございました。