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うたスト 〜短歌&小説 「サンドイッチスタンドの恋」#課題曲J 〜

今回は、PJさんのうたスト企画に参加します。
こちら↓の中から


選んだのは、ジユンペイさん作曲『サンドイッチスタンドの恋』で、短歌とショートショートにしました。

『サンドイッチスタンドの恋』

冬終わりホットサンドが衣替え
見目麗しき萌え断の君


ホットサンドメーカーが、壊れた。
いつものように、寝ぼけ眼で開いた瞬間、上下同じ形の繋ぎ目が、バキッと折れた。

まるで、その恋は終わったと宣告するように。


そう、それは別れた彼女が置いていったものだった。
毎朝のように、あれこれと具を用意しては、熱々を二人で食べた冬が終わり、もう熱いもので身体を温めなくてもよくなるのを待っていたかのように、俺たちは冷めていった。
一度冷めた鉄はなかなか熱くはならないように、仲直りもうまくいかず、彼女は振り向きもせずに、去った。


まあ、若い頃の恋なんて、そんなもんさ。

俺は一人ではまだ薄ら寒い布団を出て、支度をしたが、なぜか自然にホットサンドメーカーに手を伸ばしてしまう癖には、苦笑していた。

別に未練じゃない。習慣になっただけ。
いつもと同じ、空気のように。

それが別れの一因かもしれない。
でも、これで完全にサヨナラだな。
なんて、壊れたホットサンドメーカーを眺めて思う。


いいさ、たまにはなんか買おう。
ちょうど、春のために新調したスニーカーを、おろした。
少し温かい朝のドアを開けた。


こんな所に、パン屋なんてあったかな?

昨今の店の入れ替わりの早い情勢の中、駅まであと少しの角の店が、爽やかなスカイブルーの一坪ほどのショーケースのみのパン屋になっていた。

なくなると、もうそこが前は何の店だったか思い出せない現象に、名前をつけたい。

そんなことを考えていたら、凝視してしまっていた。

「いらっしゃいませ。サンドイッチ、いかがですか?」
女性が一人でやっていた。
朝のまだ静かな街に、違和感ない優しい声に、俺は引き寄せられた。


「わあ、キレイっすね。」
思わず言っていた。
知ってる。今流行りの、断面が絵画のようにカラフルで美味しそうな、厚切りサンドイッチ。
どれも、これも間違いなさそうで、迷う。
というか、もう買うと決めていた。

「タマゴサンドと、イチゴサンド、ください。」
黄色と赤、チューリップみたいに春が来た取り合せになってしまった。
しかも、微妙に甘党の男だとバレるチョイス。

「ありがとうございます!」
明るい声に、微妙な恥ずかしさを忘れて、店員さんを見た。本当に嬉しそうに慎重にショーケースから出すと、「今日のタマゴサンドは、かなり自信作です。」
包みながら、言うものだから、思わず聞いてしまった。
「全部、一人で作ってるんですか?」
「はい、やっとお店出せたんです。小さいですけど。」
そんなこと言われたら、応援してしまうじゃないか。
まあ、味次第だけど。


かくして俺は、2日にいっぺんは店に通うようになる。

いやこれが、本当に美味しかったのだ。
タマゴは驚くほどフンワリで、隠し味程度にマスタードを効かせてあった。
そして、そのあとにイチゴサンドの生クリームのほど良い甘さが絶妙で。

これが、胃袋をつかまれたと言うのだろう。


店は、瞬く間に人気が出た。
女子高生が、「写メしていいですか?」と聞いて、ズラリ並んだサンドイッチを写す。
「エモい!萌え断だね!」
早速SNSにアップしている。

「あ、いらっしゃいませ。こちらにどうぞ。」
盛り上がっている様子を遠巻きに見ていた俺に気付いて、店員さんが呼んでくれた。

もうすっかり常連風で、なんか嬉しい。
「萌え断っていうんですね。」
「作り甲斐があります。」
小声でフフフと笑う顔に、ドキッとした。

あれ、俺は、萌えているのか。もしかしたら。

「あの、相談に乗っていただいてもいいですか?」
「え、あ、もちろん。俺で良ければ。」
なんだろう。なんだろう、ドキドキするじゃないか。

「タマゴサンドのマスタード、どこまで入れて大丈夫か試食してもらってもいいですか。お好みが知りたいな、なんて。」
出されたのを一口齧っていたものだから、危うくむせるところだった。
鼻に、ツンと薫る。ちょっと刺激的な味。


これは、マスタードのせいなのか、
春のイタズラか、
俺に来た、新しい春なのか。

萌え断が、眩しい。
スニーカーの紐を、春のそよ風が揺らした。


#うたスト #課題曲J

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