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洞窟住居にて900年前の料理を想像する、文化人類学的考察をば。@Matera, Basilicata(マンマを訪ねて3000里@バジリカータ州Vol.6)

【洞窟住居にて900年前の料理を想像する、文化人類学的考察をば。@Matera, Basilicata】


いざ、バジリカータ州マテーラへ

南イタリアのバジリカータ州、洞窟住居郡が並ぶ異色の町、マテーラ。

007の最新作「No time to die」のロケ地でもおなじみ、2019年のヨーロッパ文化首都でもあります。

(ちなみに前回2019年に行った時に007のジェームズ・ボンドが撮影をしていました!)

今回は、そんなマテーラで生まれ育ったアントネッラに料理を習いに行ってきました。

気温は40度。灼熱の岩の町に、正午に飛び込んだ自分のバカさに呆れながら、まずは3時間ビール休憩。笑

洞窟を改築した店には、クーラーはないですが、岩の涼しさがあり、息は吸えました。トホホ


ようやく腰を上げて、渓谷の石畳を上がると、洞窟住居の窓窓が視界いっぱいに広がります。

これは圧巻です。

マテーラの歴史から料理を考える

しかし一体、こんな洞窟住居で作られる料理というのは、どんな料理だったのでしょう?

マテーラは、8世紀から13世紀に、イスラム勢力の迫害を逃れたキリスト教徒たちが移り住み、洞窟内に130余りの教会や住居を作って生活していました。

多くは農民です。
昼間は丘の向こうに広がるムルジャ平原(現在もプーリア・バジリカータの主要な農産地)を耕し、夜になると洞窟に帰って食べるライフスタイル。

貧しい農民は夫婦共働き。日が暮れて帰ってきて、家族の食事を作ります。

手に入れられる食材は、自分が耕す田畑の作物と野草と家畜でしょう。

洞窟は狭い。火を使って出る煙は?まな板を使う場所はあったのでしょうか?

敬虔なクリスチャン。

大家族+家族は大切。

こうした条件で生まれた料理とは?
限られた食材で、家族の喜ぶ料理を作る知恵とは?

マテーラは、そんな文化人類学的な想像の宝庫なのです。

マテーラの郷土料理をいただいて。

それでは、そんなマテーラの土地で、マンマに教えてもらった料理をご紹介。

マテーラ風ポルペッテ

肉を一切使わないポルペッテを基本のトマトソースで煮込んだ一品。

硬くなったマテーラパンを団子にして、トマトソースで煮込んだ、まるでネコマンマのような料理。これぞクッチーナ・ポーヴェラ。

これが、驚くほど美味しい。

ふわっと柔らかく、上品にチーズとイタリアンパセリが香る、優しい味。

あぁ、イタリア料理はなんて奥深いんだろう。

なんというか、魂がこもっているのですよね。

ズッキーニのオーブン焼き

旬のズッキーニに詰めものをしてオーブン焼きにした逸品。

材料はシンプルだけど、じっくりと時間をかけて焼くから、柔らかくて甘い。

フワッとした食感に優しい味、家庭の味です。絶品。

過去と現在を結ぶもの

戦後、衛生状況が悪く死者も出るほどだったマテーラの洞窟地区は、イタリア政府により整備され、現在は、洞窟住居も改築され、高級ホテルやブティックも入り、綺麗な観光名所に生まれ変わりました。

そんなマテーラにて、料理の歴史を考えて思ったこと。過去と現在を結ぶものってなんだろう。

以前、教授が、歴史家に最も重要な資質の1つは想像力だと言っていました。

そして、その想像は、自ら料理を食べてみて初めて身に迫るものです。

その歴史と対話する鍵は、現在にあると思います。

料理を口に運び、「美味しい」と思うその心が架け橋です。


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