新人賞の目指すもの(前半)【再録・青磁社週刊時評第十三回2008.9.8.】
(青磁社のHPで2008年から2年間、川本千栄・松村由利子・広坂早苗の3人で週刊時評を担当しました。その時の川本が書いた分を公開しています。)
新人賞の目指すもの(前半) 川本千栄
「短歌研究」9月号に短歌研究新人賞が発表されている。受賞者は田口綾子、昭和61年生まれの21歳の大学生である。
入賞者を含む上位者の応募作から幾首か引いてみたい。
あのひとの思想のようなさびしさで月の光がティンパニに降る
「冬の火」田口綾子(21歳 早稲田短歌)
フェルマータのような祈りは届かずにある花園を燃やしてしまう
片恋は片恋のまま二楽章すこし愉快な奏法にする
「地図の空白」川口慈子(24歳 かりん)
鍵盤を蜘蛛の形の掌が踊りメフィストワルツ魔への誘惑
湿原を歩む温度で図書館をひとびと歩むややうつむきて
「図書館異聞」原梓(23歳 所属無し)
地下一階集密書庫 地下二階書庫 迷っているつもりはなけれども
とりあえず無害だよっていう意味で転校生のような笑顔をつくる
「スピン」川島信敬(27歳 所属無し)
朝いけた鉄砲百合が夜ひらく 若さは武器だ、なんていえない
やはらかく背筋をのばし楽器持つ君とふた駅乗合はす朝
「麦」米田収(60歳 玻璃)
指揮棒を視界の縁に見る癖の上目遣ひのまなざしにあふ
上から受賞作、次席三名、候補作一名である。今年は若い作者が最終選考まで多く残っていた。選考結果報告によると、20代とそれ以下の作者が占める割合は、全応募者中21%であったが、最終選考を通過した24人では9人(38%)、受賞作を含む上位5人中では4人(80%)である。最終選考通過者とその上位者における20代以下の割合をここ三年で比べてみた。(「20代以下」は「20代」と簡略に記した。)
2008年 最終選考通過者中の20代(38%)上位者中の20代(80%)
受賞者21歳
2007年 最終選考通過者中の20代(20%)上位者中の20代(42%)
受賞者20歳
2006年 最終選考通過者中の20代(21%)上位者中の20代(22%)
受賞者19歳
最終選考通過者中に20代以下の占める割合は昨年と今年でのみ増えたが、上位者に20代以下の占める割合はここ三年で継続的にかなり上がっている。偶然、若い人にいい作品が多かったというのもあるだろうが、選考委員にも若い作者の作品を選びたいという意図があり、それは何度も言及されている。
(続く)