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家族が寝静まった後にパンを寝かせる。フレンチトーストを愛する、ひとりの男の物語。

男とフレンチトースト

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フレンチトーストはフランス発祥ではなくアメリカで誕生した料理で、フランスとは関係がないことを知るのは、もっとずっと先の話
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 そこに、食パンが嫌いな少年がいました。なんだか口の中でモチャモチャするし、トーストしてジャムをつけても飲み込むのに時間がかかります。ご飯の方が美味しい。朝食は絶対にご飯がいい。そんな少年でした。

 一方で、彼以外の家族はみんなパン派でした。僕のためだけに朝食にはご飯を用意する、というのは、いま考えれば結構ワガママを言っていたなと思います。それでもご飯を食べたかった。

 ある日、彼の母は言いました。

「お母さんはフランスでフレンチトーストの修行をしたんだよ。美味しいから食べてみて」

 初めて聞く母の海外話と、目の前にはその修行に裏打ちされたのであろう、確かに美味しそうなフレンチトースト。一口でその魅力に落とされました。彼は母のつくるフレンチトーストが大好物になりました。みるみるうちに、食パンも食べられるようになりました。
 4人家族なので、食パンは8枚切り。食パンと牛乳と卵が余ると母親がつくってくれます。焼きたてのフレンチトーストに、砂糖を振りかけて食べるのが大好きでした。

 青年になった彼は、彼女と江ノ島でデートをします。江ノ島にて人生で初めて、お店でフレンチトーストを食べました。まだまだ付き合いたて。小さい男だと思われなくないので「おいおい、フレンチトーストに1,000円も出すの!?」とは言えず、内心渋りながら注文したフレンチトーストの分厚さと美味しさに衝撃を受けました。フワフワというよりジュワジュワだったのです。
 パンケーキよりフレンチトースト派になった彼は、彼女と美味しいフレンチトーストのお店をたくさん巡るようになりました。

はじめて外でフレンチトーストを食べたお店は
江ノ島の「ロンカフェ」さん。
日本初のフレンチトースト専門店です!

 やがて彼女は、彼の妻になってくれました。そして大人になった彼はいま、最愛の妻のためにフレンチトーストをつくります。二人なので食パンは6枚切りです。少し大人になった気分です。
 「好きが高じて」とはよく言ったもので、食べることが大好きだったフレンチトーストを自分でもつくりたいと思うようになりました。ちなみに、妻にはじめて振る舞った料理もフレンチトーストでした。当時一人暮らしをしていた彼の家で、彼は少し緊張しながらトーストを焼き、彼女もきっと緊張しながらトーストを食べていました。二人の思い出の一品です。

 妻と実家に帰ったとき、母がフレンチトーストをつくってくれました。妻はそれを食べて「おふくろの味ですね〜」と言いました。フレンチトーストに使う言葉ではないだろ、と内心ツッコミを入れつつ彼は「そうそう、フランス仕込みでさ〜」と続きます。直接教えを受けたわけではありませんが、やはり脳内イメージはいつも母のフレンチトーストです。すると母はパラパラっと笑い始めました。

え?あれ信じてたの?
フランスなんて行ったことないよ
海外行ったことあるのハワイだけ


 優しい嘘というやつでしょうかね。僕に食パン嫌いを克服してもらいたいという一心だったそうです。フランス仕込みというバイアスがなかったら、僕がフレンチトーストを好きになっていなかったのかもしれないと思うと、なんだか不思議な気持ちになりました。
 ここで、フレンチトーストはフランス発祥ではなくアメリカで誕生した料理で、フランスとは関係がないことを知り、妻も含めた新しい家族一同でパラパラっと笑いました。

 やがて彼らは子どもを授かりました。現在、生後6ヶ月。少しずつ離乳食をスタートし、毎日美味しそうにごはんを食べています。
 もう少しすると、子どもにもフレンチトーストを振る舞うことができます。「はじめは豆乳か粉ミルクを使おうかな?トッピングはきなこ?バナナ?」。考えるだけでワクワクします。

 いつしか彼はフレンチトーストをつくるだけでなく、その魅力を多くの人に伝えたいと思うようになりました。半ばフレンチトーストに取り憑かれているようにすらみえます。
 そんな彼の今後の目標は「子どもが独立したら、妻と二人でフレンチトーストとコーヒーのキッチンカーで全国を回ること」です。幼少期の夢は消防士、少年期の夢はサッカー選手、青年期の夢は公認会計士でした。どれも叶っていないなぁ。キッチンカー実現に向けて、彼がいま持っているのは運転免許とフレンチトーストが好きな気持ちだけ。さて、どうなることやら。

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寝るな、寝かせろ

 21時、子どもを寝かしつけて、妻もこの日は早めの就寝。子どもが産まれてからその貴重さが増した「ひとり時間」。ドラマを観ようか、本を読もうか、せっかくだし僕も早く寝てみようか...。

 ふと、食パンを冷凍するのを忘れていたことに気づきます。期限は今日まで。これだけ冷凍してから寝よう。その前にお茶を飲もう。冷蔵庫を開けると、あるじゃないですか卵と牛乳。

 フワフワとした眠気を凌駕する、ジュワジュワが押し寄せてきました。

寝かせよう...!

 食パン2枚を半分に切り、ボウルに卵を2個割り入れ、白身をほぐすことを意識してしっかりとかき混ぜます。砂糖大さじ3、牛乳200mlを加え、さらにかき混ぜると卵液の完成です。ここにバニラエッセンスを数滴加えて、風味を出すというのが僕なりのこだわりです。

 もはや脳裏に染み付いたレシピは、染みジュワのフレンチトーストをつくるために大事な「寝かせ」の工程です。妻も子も、睡眠モードに切り替わったiPhoneも起こすことなく、パンの寝かしつけ準備が整いました。

食パンを卵液に浸したら
上下を返して密閉します!

 あとは翌朝、焼くだけです。妻と子とパンに「おやすみ」と告げました。本当です。僕も眠りにつきました。

ただ焼く、今日はきっと輝く

 翌朝、いつもより早く目が覚めました。二人はまだ寝ているので、冷蔵庫を開けて食パンに「おはよう」と言いました。本当です。

おはよう食パン!
染みてますなぁ

 カーテンを開けると、気持ちの良い快晴です。かがやく朝日は、僕に「あとは、ただ焼くだけだな!」と言っているようでした!

 子どもが先に起きたので、妻も起こして、いよいよ仕上げに入ります。妻の分を先に焼き始めます。フライパンにバター10g投入。あたたまったら、弱めの中火でじっくりと焼いていきます。

ひっくり返すといい感じに焼き色が!

 中をジュワジュワにしつつ、外側を焦がさないためにじっくりと火を通していくのがポイントです。寝起きの悪い妻を起こすのも、フレンチトーストを焼くのもじっくりが肝心です。焦ってはいけません。今回もいい感じに焼き色がつきました!

トーストにはメープルシロップをかけて
ホイップクリームと
シナモンシュガーを添えます!

 ちなみに妻は生粋のご飯派ですが、僕のつくるフレンチトーストはとても喜んでくれます!
 子どもを妻から預かり、膝の上に乗せて、妻の食レポを待ちます。

ん〜!んまい!!最高か!

 食べるのが大好きだったフレンチトーストですが、いつしか妻のこの言葉を聞くために、つくる方が楽しくなっていました。こちらこそ、最高です。
 膝の上にちょこんと座っている子どもの口からは、ヨダレがダラダラと垂れています。「早くこの子にも食べさせてあげたいね」と、口いっぱいにトーストを頬張る妻は言いました。
 今日も輝く素敵な一日になりそうです。


 その後、僕も食べ終え、子どもの離乳食も終了。皿洗いをしながら、妻と子どもが遊んでいるのを見ていると、急にノスタルジックになってしまった僕。きっと近いうちに子どもは大きくなり、僕たちは年を取り、食パンは8枚切りになるんだろうな。

はじめてさ、◯◯(妻)につくった料理って覚えてる? 

 聞いてみます。もう7年ほど前になりますが、二人の大事な思い出。忘れるわけありませんよね。

もちろん〜!覚えてるよ!
チャーハン!

え?

え?

チャーハン?

うん、チャーハン

炒飯?

チャーハンだよ

 チャーハンでした。初めて妻につくった料理。炒飯。フレンチトーストじゃなくて、炒飯でした。ご丁寧に当時撮っていた写真を見せてくれた妻。

チャーハン:2017年7月14日
フレンチトースト:2017年10月5日

 たいして惜しくもありませんでした。

 小さい頃からフレンチトーストが大好きで、やがて大好きな人と食べるようになり、そして大切な人に食べてほしいと思うようになり、いつしか将来やりたいことになっていました。

 時に価格にヤキモキ、新たな夢にトキメキ、そしてパンにヤキメをつけ続けた男はいつしか、自分とフレンチトーストの美談を誇張すべく、妻との大事な思い出の順番を入れ替えてしまっていました。トーストを裏返している場合ではありませんでした。

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人は未来を創造しようとするから
想像しなかった未来に出会う

 彼のノスタルジックジュワジュワによる勘違いを、妻はパラパラっと笑い飛ばしてくれました。釣られたのか、子どももパラっと笑いはじめました。

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人生は後ろ向きにしか理解できないが、
前向きにしか生きられない
         ーセーレン・キルケゴール
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 かつての夢や目標、叶ったものとそうでなかったもの、叶えたものとそうでなかったものがあります。「こんな未来だったらいいな」と想像し、そんな未来を創造しようとします。だからこそ「想像していなかった未来」にも出会うことができます。

消防士になりたかった彼は、将来パン派になると思っていませんでした。

サッカー選手になりたかった彼は、将来誰かと家族になり、家庭を築くとは思っていませんでした。

公認会計士になりたかった彼は、将来ジュワジュワのフレンチトーストを焼くとは思っていませんでした。

 後ろにいる僕は「僕」というより「彼」でした。どの彼も今の僕と未来の僕を構成する、大切な過去になっています。未来のことは分かりませんが、人が進む道は前にしかありません。だから、どんな道を進みたいか、どんな道になっていたらいいかを想像するんですね。

 約束されていない未来はいつも「不安」でした。きっとこれからも、未来には不安が付きまといます。
 でもあのとき不安だった未来も、イマになるとたくさんの「Fun」であふれています。不安って気づいたら、Funになっているんです。

 少し先の未来、僕と妻はキッチンカーに乗っているのでしょうか?
「Fun Fun」な未来を想像するだけで、ジュワジュワしてきますね!

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