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『生殖記』と紫色の願い(前編)
たぶん僕もまた、「拡大、発展、成長」にうんざりしているのだろう。
朝井リョウ『生殖記』で何度も登場する、今の社会で当然の原理とされている「拡大、発展、成長」。
「拡大、発展、成長」の代名詞とも言えるのが、「大企業」である。
主人公の勤める会社はどうやら「大企業」と言って良さそうなくらいには、事業規模が大きい会社のようだ。
その中で主人公は運良く「拡大、発展、成長」を求めない仕事に就くことに成功する。
これまで消費者としていろんな商品やサービスのお世話になってきたが、質が高いのは基本的には小規模な事業者だと思う。
スーパーで売られている肉と、商店街の肉屋の肉とでは、商店街の肉やの方が安価で良い肉が手に入りやすいような気がする。
大規模な書店の魅力もあるけれども、独立系書店の選書や空間には比べ物にならないほどの価値を感じる。
日本全国に展開するホテルも便利だが、地域のこじんまりとした旅館の行き届いたサービスの魅力には代えがたいと思う。
しかし、今ではそういった小規模な事業者に出会うことが難しくなっている。
かつては商店街の中に専門性を持った商店がたくさんあって、その中で質の高いサービスを得られていた。
それが今では大企業が力を得て、スーパーやショッピングモールの方が身近になっている。
大企業の商品には手が届きやすく、品質やサービスも一定程度が保たれている。
大企業は「売れる」ということを重視する戦略で「儲かる」ことを最大化させることに成功している。
そして、経済合理性が正義と言わんばかりに、「もっと合理的にお金を稼ぐ」ことを至上命題として、大企業が空間も、時間も満たすようになっていく。
そんなに「拡大、発展、成長」は大事なのだろうか。最適な状態をとっくに通り越しているのに、止まれない。
そこで働く人にとっても、消費者にとっても、それが最適解ではないことはわかっている。それなのに、止められない。
「そのへんでやめといたら」と言ってくれる人がいない。いても、その声に耳を傾けられない。
「拡大、発展、成長」の呪縛からは、そう簡単に逃れられない。
『生殖記』では、人間にとって「次」が大事なことが明らかにされていく。
その「次」の見出し方、自分を「新商品」にするために、三つの段階を提示している。(『生殖記』p.161)
次世代個体を生み出すことで家族という共同体を拡大させていく段階。
労働により会社という共同体を発展させていく段階。
社会の成長や地球全体の改善に繋がる取り組みに挑む段階。
こうして「拡大、発展、成長」の呪縛を引き受けていく。
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古原大樹/ブックアンカー
1984年山形県生まれ。山形大学教育学部、東京福祉大学心理学部を卒業。高校で国語教師を13年間務めた後、不登校専門塾や通信制高校、日本語学校、少年院などで働く。吉村ジョナサンの名前で作家・マルチアーティストとして文筆や表現活動を行う。