日本での初クリスマスは戦国時代だった
クリスマスイブとか言っても、息子たちも成人した今は、それぞれに予定があって忙しいので、我が家では特に何の行事もありません。
昔はクリスマスといえば、プレゼントを用意するために、売り切れを予想して11月中には買ってたものです。
イルミネーションを見に行ったりもしました。
そうそう。大阪城のプロジェクションマッピングも見に行ったのも良い思い出です。
ところで、日本でのクリスマスという行事はいつからだろう?
今では当たり前の季節行事と化した「クリスマス」の、日本での起源を調べてみました。
イエズス会がキリストの誕生日を祝う
日本でのクリスマスの式典は1552年に周防国でイエズス会の宣教師たちが日本人信徒を招いて行われた、イエス・キリストのミサとして、キリストの誕生を祝う「降誕祭」が最初ではないかと言われています。
1552年と言えば、日本では室町時代、俗に戦国時代といわれる時であります。
一応は足利幕府の統治下でありましたが、すでに権力はなく、日本各地の権力者たちによる領土割拠の戦乱があちこちで勃発している時代です。
三英傑の一人である織田信長はまだ18歳の若造で、周りからは「たわけ者」と呼ばれ、父・信秀の急死により家督を継いだばかりの頃の事で、まだ分裂した織田家もまとめられず「天下布武」などまだまだ先だった頃の話です。
そんな昔に遡るのですね。
しかも周防国といえば、幕末に日本に革命をもたらした長州藩だったのを思うと、すでにこの地は早くから外国の影響を受けていた事になります。
この頃はその創始者である毛利元就が健在で、これより3年後の1555年には陶晴賢を滅ぼした「厳島の戦い」がありました。
そんなややこしい時代にクリスマス行事は始ったのです。
クリスチャンたちにとって、織田信長の時代までは大手を振って行事をしていたのでしょうが、やがて、豊臣~徳川時代は厳しい弾圧を受けて、禁教状態は260年も続きました。
クリスマス行事は極秘裏に隠れ信者の間で粛々と引き継がれたいたのでしょうが、表向きには消えてしまい、明治に入るまで多くの日本人に受け入れられることはありませんでした。
正岡子規がクリスマスを楽しんだ!?
1892年に25歳の正岡子規が遺した俳句があります。
臘八とは、元は中国で起こった「五穀豊穣」を祝う仏教行事の事で、日本においては釈迦が苦行を放棄して悟りを開いたという12月8日の事を指します。
この時はさすがの子規も、クリスマスを疎ましく思っていたようですが、その4年後の句を見てみると、その捉え方は違ってきます。
この時29歳の子規は、すでに肺結核を患い、静養する毎日でしたが、最初の句とは違ってクリスマスを楽しむ子供たちを微笑ましく見守っている様子が伺えます。
さらにその3年後には、
みんながクリスマスを祝ってプレゼント交換する様子を、微笑ましく眺めているようです。
しかし、子規の病は悪化の一途をたどり、その2年後の1902年に34歳で没してしまうのです。
子規がクリスマスの句を残していることに驚くとともに、この三句の雰囲気の様子から、日本におけるクリスマスの浸透具合も容易に想像できます。
明治屋のクリスマス商戦
クリスマスが一般の多くの庶民たちに受け入れられるようになったきっかけは、1900年に、横浜で創業した明治屋が東京・銀座に進出し、12月にクリスマス向け商品を販売した事です。
元々は1885年に三菱商事の傘下で創業され、2005年にそこから小売業だけで独立して「明治屋ストアー」となりました。
コカ・コーラを日本で初めて販売したお店でもあります。
明治から大正にかけての歌人・木下利玄もクリスマスの風景を詠っています。
現在のようにLEDで飾ったり、時にはプロジェクションマッピングでリアルな映像を映し出すことなどできません。
それどころか、クリスマスの飾りつけなどどこにもなかった時代に、いち早く、自社の店舗にクリスマス用の飾りつけをしたのが明治屋でした。
人々はその華やかな飾りつけに目を奪われた事でしょう。
木下利玄の歌にもそれに目を奪われているのが、伝わってきます。
飾るだけではありません。
ちゃんとクリスマスに便乗して、特別催事も仕掛けています。
これを機会に日本人はクリスマスを意識するようになりました。
さらに大正天皇が崩御されたのが1926年の12月25日だったため、翌年から大正天皇祭として祝日となり、以後21年間、クリスマスは休日だったのです。
この事でさらに一般普及する事となり、各デパートや個人商店に至るまで、クリスマス商戦は過熱の一途をたどり、今では日本においても当たり前の季節行事となっていきました。
明治屋??
大阪人の私にはまったく馴染みはありません。
調べてみると、難波の「高島屋」のB1にあるようです。
そういえば、あったかも知れないな、という程度の認識です。
ちょっと高級なフードストアーといった感じでしょうか?
日本人全体の1%に満たない信者しかいないキリスト教の催事が、起源をたどってみると、今では最も定着した季節行事となったのは不思議な事でもありますね。
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