新潟で見つけたデンマークの教育との共通点とは?| 十日町市松代高校の取り組み【後編】
前編では、松代高校の地域探究活動と「自分の土台としての土地」という概念を紹介しました。後編では、松代高校の地域探究活動と不思議と繋がった、デンマークの「人」に関わるプロが持つホリスティックな(総体的な)“Menneskesyn” (メネスカション/メネスカシュン/メネスケスン※発音が難しすぎるので、この記事では以下メネスカションに統一)=「人間観」の紹介をします。
大阪出身。教育大学卒業後、大阪で高校英語教師に。海外の社会と教育を学ぶため、スペインへ渡航。日本語教育能力検定(注釈)を取得し、スペインの私立小学校に勤務。その後、デンマークに渡り、ノーフュンスホイスコーレで日本文化教師を務める。帰国後、新潟県の地域おこし協力隊・ニイガタコラボレーターズに着任し、2023年9月、十日町市に移住。
1. 人生の学校で学んだ“Menneskesyn” とは?
私が働いていたノーフュンス・フォイスコーレは、北欧デンマークの教育機関フォルケ・フォイスコーレの一つで「人生の学校」ともよく言われます。
デンマークの「人」に関わるプロが持つホリスティックな(総体的な)“Menneskesyn” (メネスカション)=「人間観」という概念は、ノーフュンス・フォイスコーレの副校長Momoyo先生から学びました。
前編で紹介した松代高校の講師の方の話に通じる部分があるので紹介します。
「“人”に出会えていますか?」
誰かと顔を合わせれば、その人に出会えているのでしょうか。つい外見や肩書だけで判断してしまったり、その人のある一面だけを見てしまったりしていませんか。
デンマークの“Menneskesyn” (メネスカション)=「人間観」という言葉があります。人に出会うとき、人はそれぞれ様々な人間観を持って相手を理解します。
デンマークでは「人」を相手としてコミュニケーションを取る必要があるプロ(教育・医療・介護分野で働く人など)には、「ホリスティックなMenneskesyn(メネスカション)」=「総体的な人間観」が求められます。
理論化された「ホリスティックなMenneskesyn(メネスカション)」=「総体的な人間観」では、4つの肉体面、精神面、文化面、社会面から総体的に人を捉えて理解しようとします。
>肉体面:身体機能、体質、体調など
>精神面:精神状態、考え方など
>文化面:習慣、宗教、家庭的、地域的、繰り返す中で当たり前になっていること
(例)冬は毎日雪かきをする、お盆にはお墓詣りに行くなど
>社会面:社会を構成している関係性の中での、その人の立ち位置(家庭、会社など)
(例)家庭だと「ひとり親の2人兄弟の妹」という立場。所属組織だと、ニイガタコラボレーターズで新潟県の地域おこし協力隊として、一般社団法人にいがた圏に所属している社員という立場など
私たちが誰かに出会う時、“Menneskesyn” (メネスカション)=「人間観」の一面だけで相手を判断してしまうことがあるかもしれません。
例えば、人を外見だけで判断してしまうと、肉体面だけでその「人」を見ていることになります。また、相手が社長というだけで立派な人だと判断すると、それは社会面だけで相手を判断していることになります。
「人」をよく理解するためには、“Menneskesyn” (メネスカション)=「人間観」の4つの面をホリスティックに(総体的に)理解していく必要があるということです。
「人」に出会うために
私は協力隊の活動を通して様々な人に会う機会があります。全く違ったバックグラウンドをお持ちの方も多いです。
目の前の「人」に出会うために、「ホリスティックなMenneskesyn(メネスカション)」=「総体的な人間観」を意識して、文化面と社会面も考えながら話すように心がけています。
人を理解するのは難しいですが、“Menneskesyn”(メネスカション) の4つの面を意識して話すことを心がけるようになってから、より深く相手のことを理解できるようになりました。
皆さんも誰かとわかり合えない時や、誰かをより深く理解したい時がありますよね。そんな時は「ホリスティックなMenneskesyn(メネスカション)」=「総体的な人間観」を意識してその人を理解しようと心がけると、より深く「人」に出会えるかもしれません。
2. 自分に出会うと探究心が湧いてくる
デンマークの「人」に関わるプロが持つ「ホリスティックなMenneskesyn(メネスカション)」=「総体的な人間観」の概念は、自分を理解するためにも使えます。
何に興味があるのかわからない、自分がわからないと思ったことは誰にでもあるはずです。自分の想いを書き出すのも良いですが、そんな時は、 “Menneskesyn” (メネスカション)の4つの面に着目してみて下さい。
自分を4つの面に分けて分析すると、文化面や社会面では、自分の育った地域のこと、家族のこと、自分がしている習慣などにも目を向ける必要が出てきます。
それは「人」の重要な構成要素です。自分はどんな「人」で、どんな構成要素からできているのかがわかると、好きなことや興味のあることがわかってきます。
興味のあることがわかると、自然と探究心が湧いてきて地域のことや自分のことをもっと深く理解することができます。自己理解が地域探究に繋がり、地域のことを知ることで自己理解にも繋がります。
そんなワクワクと探究心が積み重なって、探究学習が深まり、地域を探究し、それが「人」としての土台を形成することにもなるのではないでしょうか。
この記事では松代高校の地域探究活動報告と「自分の土台としての土地」という概念と、ノーフュンス・フォイスコーレで学んだ 「ホリスティックなMenneskesyn(メネスカション)」=「総体的な人間観」について紹介しました。
そして、その概念が自己理解にも使えるし、自己理解が深まると探究学習のレベルも上がる。自分の土地のことを知ることが、自分の土台を作ることにも繋がります。
探究活動に馴染みがない方もぜひ一度、育った地域に想いを馳せて、「ホリスティックなMenneskesyn」=「総体的な人間観」の視点から、自己分析をしてみて下さい。
3. まとめ
今回は松代高校の地域探究活動に焦点を当てました。「自分の土台としての土地」という概念が浸透しており、地域と関わりながら自分を学ぶことができる環境が整っている松代高校は、地域探究の分野で前進しているのではないでしょうか。
私が他に担当している十日町高校、十日町高校松之山分校、十日町高校定時制、十日町総合高校、津南中等教育学校でも、どこの学校でも高校生が人生の土台を築くために地域探究は必要になってきます。
次回以降は、他の高校の活動や大事にしていることなどを共有していきます。
今後も地域と学校と連携して魅力を活かしながら、高校生の「人生の土台になる」ような探究学習作りを進めていきます。