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【読書感想文】初めて『四つの署名』を読んだ後にアンダマン人について調べたら味わい深かった話。
どうも!
先日パブで食べたフィッシュ&チップスが美味しくて、勝手に英国紳士へ思いを馳せていた遅読です。
そして、英国紳士といえば?
そう、シャーロック・ホームズですね(無理やり)
さて、シャーロック・ホームズ初心者のわたくしですが、前回『緋色の研究』を読んだことは感想文として記事にしたかと思います。
創元推理文庫版がKindle Unlimitedに入っていたので、そちらで読ませていただきました。
私と同じくKindle Unlimited加入者はぜひ読んでみてください!
そんなわけで、今回は続刊となる『四つの署名』を読んでみました。
こちらは角川文庫版がKindle Unlimitedに入っていたので、今回はそちらで読んでいます。
翻訳の違いを感じられて、これはこれで楽しい読み方だと自負しています。
角川文庫版『四つの署名』はこちら!
イケメンなホームズが表紙のこちらです。
青年漫画風というか、ちょっとラノベっぽさがありますよね。
翻訳もかなり読みやすくて取っつきやすいです!
もちろん、安っぽいわけではなく、ちゃんとヴィクトリア朝の雰囲気を感じ取れるのが素晴らしい。
ホームズ初心者の私にはありがたい翻訳でした。
創元推理文庫に比べて訳註が少なかったのはちょっとだけ残念ですが(私はあの訳註を読むのも好きだったので)、あれが多すぎて辟易するって読者もいるだろうし、テンポよく読むためには訳註がないほうがいいでしょうね。
それでは、あらすじをどうぞ。
『四つの署名』
シャーロック・ホームズの元に現れた、美しい依頼人。彼女の悩みは、ある年から毎年誕生日に大粒の真珠が送られ始め、なんと今年、その真珠の送り主に呼び出されたという奇妙なもので・・・・・・。
公式HP より
今回も前半はネタバレなし、後半はネタバレありで語っていきますね。
ネタバレなし感想
いやー、名作っていつまでも色褪せないものですねぇ。
『緋色の研究』でも感じたのですが、今作もやっぱり面白い。
特に、今回は『緋色』以上に推理にスピード感があったのと、後半がアクションになっているのがよかった。
現代にも通じますよね、この構成。
しかも、ちょっとロマンスの要素まで挟んでくるのもいい。
当時の読者は熱中しただろうなぁ。
それと、『緋色』がホームズとワトスンの出会いにフォーカスした作品だとすると、『四つの署名』は信頼関係ができあがっていて、それぞれキャラの掘り下げがされているように思えました。
ホームズのほうは、天才ゆえの苦悩と危うさ。
ワトスンのほうは、人生における大きな転換期を迎えます。
よりシャーロック・ホームズの世界に広がりが出てきたように思えますね。
やっぱり前作同様、時代背景が異なるゆえに、現代の価値観で見ると「え!」っと驚くようなところもあるのですが、それがかえって当時の風俗が垣間見えて興味深い。
これが「現代の人権意識の観点から云々」と修正が入っていたり、カットされたりしたら興ざめもいいところなので、ちゃんとそのまま残してくれていることに感謝したい。
以下、ネタバレあり感想
では、ここからは本編の内容に触れつつ語ってゆきます。
まず、冒頭でいきなりコカインを注射し始めたホームズに度肝を抜かれるわたくし。
し、シャブチュウ……!(ピカチュウの発音で)
てかホームズ、前回『緋色の研究』で
そんなとき、そっとようすをうかがってみると、目にはうつろな、夢見るような表情があらわれていて、もしも普段の節度ある、潔癖な暮らしぶりが、そういう想像を許さぬという事実さえなければ、私もあるいはなんらかの麻薬の常用を疑っていたかもしれない。
著/コナン・ドイル 訳/深町眞理子
p25 より
とか言われてたのに、結局キメてたんかい!!
しかもワトスンから「今日はモルヒネとコカイン、どっちだい?」と聞かれてるってことは、どっちもやってんのかい!!
ちなみに、私がシャーロック・ホームズシリーズを読むきっかけを作ってくださった木下森人先生から、こんな情報をいただきました(いつもお世話になってます!)
英語には名探偵を意味する「crack detective」という表現がありますが、crackには「凄腕」とか「事件を解決する」とかの意味合いであって、けっしてcrack(コカイン)のことではないのです。はい。 pic.twitter.com/IjoMoYHJdx
— 森人 (@al4ou) January 22, 2025
ひょっとして、ホームズがコカインをキメてるのは『crack detective』にかけてるってコトォ!?
(ちなみに、木下森人先生のおもろ作品『再演のライヘンバッハ』を読んだ感想文はこちら!)
ま、まあ当時のイギリスでは、コカインは禁止薬物じゃなかったらしいですからね。
薬物汚染がひどかった時代背景を思えば致し方なし。
しかし、ワトスンが医師として止めているところを見るに、体に悪いという認識はあったっぽいですね。
著者のコナン・ドイルは医者でもあったとのことで、危険性を知らぬはずがありません(だからこそワトスンに注意させたんでしょうし)。
ってことは、ホームズがシャブチュウ ヤク中なのはわざとなのかな。
そんな危険な薬に手出しせざるを得ないほど、ホームズにとって『退屈』は苦痛なのでしょうね。
現代人から見ればけっこうショッキングな描写でしょうが、まあ今の価値観で当時のことを評価するのはどうかと思いますし。
それを言うと、今作も『緋色』同様、現代の人権意識から見れば「ん?」と引っかかるような描写がありますよね。
主にアンダマン諸島の先住民についてなのですが、容姿のこととか悪し様に書きすぎッ!
生まれつき容貌は醜怪で、大きなゆがんだ頭部と小さな険しい目を持ち、顔の造作はいびつにねじくれている。手足は著しく小さい。好戦的な猛々しい性格であるため、イギリス政府は度重なる努力にもかかわらずいまだ友好関係を確立できていない。(中略)この虐殺行為は必ず食人の饗宴をもってしめくくられる。
著/コナン・ドイル 訳/駒月雅子
p106 より
調べたところ、おそらくアンダマン人の中でもセンチネル族をモデルにしているのかな?
今もなお石器時代の生活を維持する世界唯一の民族らしく、外部との接触を拒否していて、インド政府も干渉しない意向を示しているとか。
まあ、インド政府が不干渉を表明しているのは、こういった外来との接触が歴史的に少なかった部族が、外部の病原菌に対する免疫力が弱いことも理由のひとつだそうで。
実際、アンダマン諸島先住民の大アンダマン人、ジャラワ族、オンゲ族は感染症の脅威にさらされていて、ジャンギル族に至っては20世紀初頭に全滅してしまっているとか(Wikipediaより)。
とはいえ、それだけではなく、センチネル族が非常に排他的なことも理由のひとつでしょう。
たとえば1975年、ナショナル ジオグラフィックがセンチネル族から矢を放たれた写真を激写していたり(本人たちは「友好的接触をはかった」と主張しているが、相手側からどう映ったかは不明)。
2004年、スマトラ沖地震による津波を受け、インド沿岸警備隊のヘリコプターが被害を確認するために島の上空を急降下したところ、弓矢による攻撃を受けたとか。
2018年11月、26歳のアメリカ人宣教師ジョン・アレン・チャウが漁船から泳いで上陸したところ、弓矢で殺害されたとか。
とはいえこれは不法侵入だし、外部の病原菌を持ちこんで大量殺人になりかねないと世界中からバッシングを受けたことも留意しなきゃいけませんね。
そもそも、上陸の目的が「あそこはサタンの最後の砦に違いない!」と島の部族を改宗させようとしたというのも、日本人の価値観からすると上から目線な気がして嫌ですねぇ……。
キリスト教こそ正しくて、「野蛮な民族を教え導いてやる」って傲慢さが伝わってくるというか。
そもそもセンチネル族がどんな神を崇拝しているのかもわからないのに、一方的に改宗させようとするなんて、そりゃ受け入れてもらえるわけないって。
バッシングの内容も「病原菌で人命を危険に〜」というばかりで、そのあたりの批判がないのもどうなんだろう?
とはいえ、そのへんに触れると炎上するから、あえて触れないのかも。
ちなみに彼、愚かな死を遂げた人物を皮肉って贈られるダーウィン賞を受賞してます。向こうのブラックジョークは強烈だぁ……。
でもですね、センチネル族がここまで排他的・攻撃的になったきっかけとされている事件があるんです。
まずひとつめは、19世紀、大英帝国がアンダマン諸島に侵攻した事件。
最大の島の1つに囚人の流刑地を設置して、1857年の英領インドで起きた反乱で敗れ去った数万人を収容したのです。
これは、今回の『四つの署名』にも書かれていますよね。
しかし、これには恐ろしい結末が待っていたのです。
島民は伝染病と暴力によって壊滅的な被害を受けました。
さらに1880年、人類学者モーリス・ビダル・ポートマンが起こした誘拐事件です。
彼は大勢の武装した男たちとともに、センチネル族の幼い子ども4人と老夫婦を捕まえて、イギリスの流刑地に連れ去ったのです。
そこで6人はすぐに病気にかかり、老夫婦は死亡。
病気の子どもたちはたくさんの贈り物とともに島に送り返されたとか。
いやいやいや。そんなことしたら、さらに病気が広まるやろ! バイオテロやんけ!
せめて責任もって治療してから送り届けなさいよ!
ポートマンはのちに「住民と友好関係を築くため」と述懐しているのですが、誘拐しといて友好関係もクソもないだろがい(口が悪くてすみません)。
このように、彼らは「キリスト教化」と「文明化」を目指すヨーロッパ人によって翻弄されてきたのです。
そりゃ外部の人間絶対ブッコロスマンにもなるわ……。
これはヨーロッパ人が目をそらさず見つめなければならない罪と言えるでしょう。
さて、長くなりましたが、上記を踏まえて『四つの署名』を読むと、非常に味わい深く思えたので語ってゆきます。
本作『四つの署名』には、トンガというアンダマン人が登場します。
彼は重い病気にかかって瀕死の状態だったのですが、スモールが看病したことで一命を取りとめました。
それがきっかけでトンガはスモールになつくわけですが……。
読了後、アンダマン人やセンチネル族について調べた時、これらの印象が180°変わりました。
トンガが病気になったの、そもそもこいつらが病原菌を持ちこんだせいじゃない????
しかも作中で「ヨーロッパ人は必ず誓いを守る」とか、「嘘つきだらけのヒンズー教徒」とか言ってるわけですよ。
めちゃくちゃインド人のこと見下してるじゃん……。
ちなみにインドは東アジアなので、同じアジア人として我々日本人も他人事ではありません。
たぶんドイル、日本人のことも『東洋の黄色い猿』とか嫌ってたんだろうなぁ。
このあたり、当時のイギリス帝国の国民意識が垣間見えて非常に興味深い。
スモールとトンガの関係って、「誠実なヨーロッパ人が慈悲をかけてやったことで、野蛮なアンダマン人が感謝した」って構図ですよね。
まんまジョン・アレン・チャウがやろうとしたことやんけ。
あれなんか2018年で、割と最近の話なんですよね。
『四つの署名』は1890年に発表された作品。
当時の思想からしてドイルはまだしも、130年近く経ってまだスタンスが変わってないのか……と呆れる気持ちがないわけではない。
一神教の功罪ってやつですかね。
そう考えると、スモールとトンガの関係って、当時のヨーロッパ人の妄想する理想形だったのかもしれませんね。
野蛮人にすら尊敬される帝国人……という。
しかし現実はヨーロッパ人のせいでアンダマン人は多大な被害を受けており、近づくだけで排除しようとするくらい憎悪を向けられているという。
なお、シャーロキアンたちの綿密な文献調査の結果、アンダマン島民を食人種、極端な短躯、醜貌とする3点において現実と大きく食い違っていることが明らかになっているそうです。やっぱりね。
今回は注釈がなかったけど、そんな気はしていたんだ。
ちなみにアンダマン島民の風習として、亡くなったばかりの親族や友人の遺骨を、女性が装身具として身にまとうんだとか。
このようすを模型にしたものが、ヴィクトリア女王の即位 50周年を記念して開催された博覧会で展示されたそう。
しかし、それを新聞に絵入りで掲載する際、よりセンセーショナルにするためか、女→男に置き換えられ、槍を上段に構えるなど、より野蛮に描かれたとか。
このことが、アンダマン人が食人種であるという誤解を広めるきっかけになったと考えられているようです。
ようは「頭蓋骨をアクセサリーにして、槍を振り回している! 食人種に違いないッ!」ってわけですね。
より読者ウケするように、事実を捏造したり、都合の悪いことは無視したりするのって、現代のマスコミにもよくありますよねぇ。
与えられた情報を鵜呑みにしないよう、我々も気をつけなきゃいけませんね。
さて、なんだか負の側面ばかり語ってしまいましたが、ここからは正の側面に焦点を当てていきましょうか。
本作の一番ハッピーなできごとと言えば、やはりワトスンとモースタン嬢がくっ付いたことですよね!
いやー、実は私、こういう主人公の相棒ポジションのキャラが誰かに惚れる展開って、たいていはうまくいかないものだと思っていたので、てっきり今回もそのパターンだと思っていました。
たとえば相手にもう決まった人がいたり、惚れた相手が犯人だったり……。
でも、本作は普通に成就したので、めでたしめでたし!
いや、モースタン嬢が登場したシーンだけ、やけに描写が細かいというか、他のキャラと比べて解像度高いな〜と思っていたので、惚れてたと知って笑いました。
おまっ、好きな人のことになると、やたら観察眼が発揮されるやんけ!
モースタン嬢はしっかりした足取りで、見た感じは落ち着いた物腰で入ってきた。小柄できゃしゃな身体つきをした、ブロンドの若い女性だ。きちんと手袋をはめ、品のある趣味のいい身なりをしている。ただし暮らし向きはあまり楽ではないらしく、地味で質素な服装だ。灰色がかったベージュというおとなしい色のドレスには、縁飾りも紐飾りもついていない。頭にちょこんとのせた同系色の小さなターバン風の帽子だけが、脇に挿した白い羽根でわずかな華やぎを添えられている。目鼻立ちが特別整っているわけでも、肌の色つやが飛び抜けて目を引くわけでもないが、気立てのよさそうな愛らしい表情をしていて、ぱっちりとした大きな青い目に気品と情感をたたえていた。これまで三つの大陸でさまざまな国の女性を見てきた私も、これほど清らかで感受性豊かな顔立ちには一度も出合ったことがなかった。すっかり見とれて、ホームズに勧められた椅子に腰掛ける彼女を目でじっと追っていると、唇も手もかすかに震えているのがわかった。落ち着いているように見えても、内心では激しく動揺しているのだ。
p18 より
「品のある趣味のいい身なり」と思いながら、「暮らし向きはあまり楽ではないらしい」と見抜くのすごくないです?
いつもならホームズがそのことを指摘するわけじゃないですか。
なのにモースタン嬢のこととなると、即座に察してしまう。
ひょっとすると、本来ならワトスンもそのくらい見抜ける洞察力があるのかな?
ホームズも「少しは自分で推理したらどうだい?」って言ってるけど、裏を返せば、推理法さえ学べばワトスンにもそのくらいできると信頼しているのかもしれない。
でも実際にワトスンが推理できないのは、他人に対してそこまで興味がないからなのかもしれないな。
だから、興味のあるモースタン嬢のこととなると、驚くべき観察眼を発揮できたのかも。
ということは、ホームズは常に他人に対して興味をもてる人なのかも。
……いや、ホームズが他人に興味をもってるようには思えないから、興味があるのは自分の推理法についてかもしれない。
常に周囲を推理しながら見つめることで、訓練しているんだろうなぁ。
ていうかこれ、ワトスンの手記として世間様に発表してるテイなんだよね?
そう考えるとワトスンくん、このおノロケを全世界に公表したの?? めっちゃ恥ずかしいヤツじゃない????
いくら結婚に浮かれてるからって、頭の中お花畑にもほどがあるだろ! この浮かれポンチめ!!
でも本編中、モースタン嬢のことで動揺しまくって、会話が支離滅裂になってしまうワトスンくんは、ちょっと微笑ましかった。
陰惨な事件が起きている中で清涼剤になってたよ。
ワトスンの結婚報告に対し、ホームズは「おめでとうとは言えないな」なんて言っていたけど、それ僻みじゃないよね? と思わず邪推してしまったり。
ただ浮かれポンチのワトスンくんに辟易していただけかもしれないけど。
まあ、ホームズの恋愛感は独特だからなぁ。
(中略)恋愛とはしょせん感情の産物であり、感情のうえに成り立つものはどれも、僕がなによりも重んじる純然たる冷静な理性とは相容れない。判断力を鈍らせないためにも、僕は一生結婚しないつもりだよ」
p184 より
そんなこと言っているホームズだけど、のちにアイリーン・アドラーという女性が出てくることを私は知っている。
『劇場版 名探偵コナン ベイカー街の亡霊』で見たからね。ふふん。
そうそう。
そのホームズが、冒頭でワトスンの古時計を調べて、彼の兄という人物像をピタリと当てたシーン。
「事前に調べておいたに違いない」と憤慨するワトスンに、素直に謝って、
「きみにとっては個人的なつらい問題だろうに、いつもの癖で抽象的な事象としてとらえてしまった」
と兄を亡くした彼の気持ちに寄りそえるの、やはりホームズは紳士だなぁと感心しちゃいましたね。
シャーロック・ホームズシリーズを実際に読むまでは、ホームズのイメージって「謎ときには興味があるけど、他人の心情には興味がないタイプ」だと思ってたんですよね(実際、ミステリー小説でこういうタイプの探偵役は多い)。
でもホームズは、自分が悪いと思ったら素直に謝ることができる。
なんのズルもせず、相手に乞われるまま推理したのに、それで誤解されても
「すまなかった、どうか許してほしい」
って謝れる人間が、一体どれくらいいるのだろう?
こういう紳士なところ、見習わなきゃな……と読むたびに思います。
さすがですぜ、ホームズの兄貴ィ!
いやなんでそんなアウトローみたいな口調なんだって話ですが、ホームズにはもうベイカー街イレギュラーズという舎弟(?)がいるので、私ひとり加わったところで問題ないと思うんですよね(????)
そのベイカー街イレギュラーズですが、またしても全員で221Bに上がりこみ、ハドソン夫人を発狂させていました。
ホームズから「次からウィギンズが代表して一人でくるように」って言われてたけど、前回『緋色の研究』でも同じ注意されてなかった????
これは彼らの記憶力がポンコツなのか、コナン・ドイルが設定を忘れたのか。たぶん後者。
あと今回地味にビックリしたのが、ホームズおま、料理できたんけ!!
仕事中の刑事に料理をふるまったり、ワインやウイスキーを出したり、割と自由人だな〜。
いや、ホームズがというより、あの時代がおおらかだったのかな。
今や刑事がお酒どころか、食事しててもクレームが入る時代。世知辛いね。
昼間っから酒をかっ喰らってる彼らに突っ込みたいところではあるのですが、なにせ私も本文中に出てきたマーティニ銃をマティーニと誤読するくらいの酒クズ 酒好きなので、人のことは言えないのだった。
休日に昼間から飲む酒ほど最高なものはないのだ。
しかしいざという時はこの銃で犯人を撃ち殺す気満々だったホームズだけど、大丈夫? 殺人罪で捕まらない?
まあ、実際は警察が同行してくれたから、正当防衛が適用されたんだろうけどさ。
それと、料理だけでなく、ホームズに筆跡鑑定のスキルがあることも判明しましたね。
筆跡を変えてもクセは残るって、それ科捜研の女で日野所長が言ってたやつ〜!
ってことは、現代にも通じる科学捜査なわけですね。
ホームズのすごいところは、こうやって科学捜査を先取りしてる点なんですよね。
今回、殺人に使われた矢毒も植物性アルカロイドであると一発で見抜くほどの医学的知識もあるわけです。
「ある種の強力な植物性アルカロイドによる中毒死だ。こういう激しい強直性痙攣を引き起こすとなると、ストリキニーネに似た毒物だろう」
p68 より
痙笑がヒポクラテスの微笑と呼ばれているのが調べてもわからなかったのですが、ヒポクラテスは生まれたばかりの赤ちゃんが眠るときにほほ笑むことを発見していたらしいので、それが由来なのかな?
医学に精通している方、情報お待ちしております。
ところで、矢毒といえば南米のクラーレが有名ですが、はたしてアンダマン人は矢毒を使うのか? と疑問に思って調べたところ、よくわかりませんでした。
センチネル族を含む『ネグリト』(スペイン語で〈小黒人〉の意。東南アジアに点在する少数民族の一般名称)が毒を塗った吹き矢で狩猟する、という記述は見つかったので、毒を使うことは確かなのかな?
でも、使う毒の種類は不明。
センチネル族は外部からの干渉を拒絶しているので、わかっていることが少ないようです。
しかし、ホームズが挙げた『ストリキニーネ』ですが、これはホミカの種子から抽出される毒で、大量摂取しないと効果を発揮しないとか。
つまり、毒矢には向かないというわけです。
経口内服で効果を発揮するタイプらしいのですが、めちゃくちゃ苦くて水にほとんど溶けないので、毒殺にも向かないという。
世界で矢毒に使われているのは、先ほど挙げた南米のクラーレのほかに、アジア大陸のトリカブト毒、東南アジアのイポー(ウパス)毒、アフリカ大陸のストロファンツス毒などが有名だそう。
アンダマン諸島は南アジアと東南アジアの間くらいに位置しているので、イポー(ウパス)毒が最有力かなぁ。
ウパスノキはインド東部からマレーシアなどの東南アジアに分布していますし、原住民が吹き矢の先に塗ったり毒矢として狩猟や戦に用いたことで有名らしいので。
ちなみに、ウパスもクラーレ同様、経口摂取してもさほど毒性がないので(血管に入ることで効果が出るタイプ)、これで殺した動物の傷口付近の肉を切り捨てる必要がないという、まさに矢毒向きの毒だとか。
具体的な症状は調べてもよくわからなかったのですが、とにかく恐ろしいと各地で言い伝えられているようす。
たとえば中国では、ウパス毒の症状を『七上八下九死』と呼んでいるそうです。
つまり、これにやられた人間は上り坂を7段、下り8段、平地で9歩、移動するまでに死んでしまうとか。
お、恐ろしい……。
第二次世界大戦では、日本兵相手にこの毒が使われたらしく、当時の被害者の苦しみを察するに余りありますね。
というわけで、トンガが使った矢毒は、本当はウパス毒だったんじゃないかなあ、と予想してます。
まあ、アンダマン人についてはわかっていないことが多いので、まして当時を生きるコナン・ドイルにはなおさらでしょうし、アルカロイド系だと予想して書かれたのでしょうね。
なんだかホームズの推理にケチつけてるみたいで申し訳ない……。
でもホームズの推理力については、疑いの余地はないと思います!
そんなホームズですが、今回ワトスンがひとつ懸念していたことが。
これほどの精力と機知をそなえたホームズが、もしも法を守る側ではなく法を破る側の人間だったとしたら、いったいどれほど恐ろしい犯罪者になっていただろう、と。
p66
なんとなく、これを形にしたのがモリアーティ教授なのかな? と思いました。
あり得たかもしれない、もうひとりのホームズ、みたいな。
まあ、私はまだ『劇場版 名探偵コナン ベイカー街の亡霊』と、ホームズを読むきっかけとなった『再演のライヘンバッハ』でしかモリアーティ教授を見たことがないので、正典のモリアーティの人物像から外れている可能性は無きにしもあらずですが。
そうそう、それで言うと今回登場したスモールは、まさに『あり得たかもしれない、もうひとりのワトスン』じゃないかと思うんです。
彼はインド従軍の際、ガンジス川でワニに右脚を食べられてしまった。フック船長かな?
戦争のせいで、若くして身体障害者になってしまったのです。
そのせいで人生を狂わされ、紆余曲折あって、ああなってしまった。
……どうです?
アフガン従軍で負傷したワトスンと、重なるところがありませんか?
正直なところ、犯人の動機が悲惨すぎた前作『緋色の研究』に比べて、彼の場合はあまり同情の余地はないのですが。
でもまあ、「俺と同じ状況になって、突っぱねられるか?」「あいつが死ぬか、俺が死ぬかの極限状態だったんだ」と言われてしまえば、確かに納得してしまうだけの説得力はある。
もし立てこもり犯に人質にされた一般人が、「死にたくなければアイツを殺せ」と拳銃で脅されて、逆らえずに殺してしまったとしたら、果たして責められるかどうか。
まあ、こいつの場合はそれ以上に、欲にかられた部分が大いにあるので、そこが減点ポイントなのですが。
とはいえ、一度誓った仲間たちのために復讐にくるという義理堅さはあるので、一面では推し量れない男ですよね。
宝を奪われるくらいなら、川に捨ててしまう判断をするようなヤツです。
そもそも他人から奪った宝だけど。
つーかそれだけの宝なら、歴史的価値もめちゃくちゃありそうですよね。
人類史においても重要な資料だったろうに、それをプライドのために棄ててしまうなんて、ヤツにとってアグラの宝は欲望を満たす道具でしかなかったんだなぁ。
まあとにかく、ヤツには戦争で身体障害者になってしまった者の顛末という、『もうひとりのワトスン』の側面があったと思うんですよ。
『緋色の研究』で肩を負傷していたワトスンが、のちの作品では脚を負傷したことになっている記述があるらしいのですが、それはこの『もうひとりのワトスン』であるスモールに合わせて設定を変更したか、コナン・ドイルの中でふたりがごっちゃになってしまったのではないでしょうか。忘れん坊なコナン・ドイル先生的に後者っぽいけど。
じゃあ、なんで最初からスモールの負傷した箇所が、ワトスンと同じ肩じゃなかったのかというと、それはまあトリックのためというか、『義足の足跡』という証拠に使うためでしょうね。
そう考えると、一方は人生を転落し、もう一方は愛する女性という幸福を掴んだわけで、この対比は鮮やかでした。
ところで、その末永くお幸せになこのヤロウなワトスンくんですが、本作の最後にこんなことを言っていましたね。
「ただ、きみの捜査術を間近で勉強させてもらうのもこれで最後になるだろう。実を言うと、モースタン嬢がぼくとの結婚を承諾してくれたんだ」
p183 より
なんつーか、これをワトスンに言わせたいがためにモースタン嬢とくっつけたんじゃなかろうな、コナン・ドイル先生?
氏がさっさとシャーロック・ホームズシリーズをやめて、歴史小説を書きたがっていたのは有名な話なわけで。
本当はここでさっさと完結したかったんでしょ?? そうなんでしょ???
調べたら『緋色』から『署名』まで6〜7年の月日が経ってるらしいけど(シャーロキアンの考察によると、『緋色』が1881年3月4日、『署名』が1887年もしくは1888年)、読者からしたらまだ1巻しか経ってないんですよ!
もう少しルームシェアしてたころの話が読みたかったなぁ。
まあ、のちに過去の話を書いてくれているらしいので、そちらに期待します。
あと、今作で気になったのが、やたらスモッグの描写があるということですね。
そういや、コナンくんも言ってたな……
「ロンドンの霧ってのは、水蒸気が凝結した綺麗なものだけではなく、石炭や石油燃やした煤煙が水と複合してできるスモッグのことなんだ」
これだけ鬱陶しい空気の描写が続くってことは、当時の人たちがいかに鬱屈していたかがわかりますね。ホームズが暇を持てあましてシャブチュウになるのも仕方ないのかも……。
でも、ウェストミンスター宮殿の時計塔の鐘が三回鳴ったところは、「あのビッグ・ベンのことか!」と嬉しくなりましたね!
『劇場版 名探偵コナン ベイカー街の亡霊』で、子どもたちの数がカウントダウンされてたやつ!
調べたらエリザベスタワーには『ビッグ・ベン』のほかにも『クォーターベル』という鐘があって、こっちは15分刻みで鳴るんだとか(ビッグ・ベンは正時のときだけ)。
ちなみにこの『クォーターベル』は、『ウェストミンスター・クォーターズ』という曲を奏でるらしいのですが、これは日本人にもお馴染み『学校のチャイム』のアレです。
そんな曲名だったのかー。
こういう、当時の風俗がわかるところも、ホームズシリーズの醍醐味ですよねぇ。
……と、なんだか取りとめもなくダラダラと語ってしまいましたので、今回はこのあたりで〆たいと思います。
次は『シャーロック・ホームズの冒険』かな?
短編集らしいので、そちらも楽しみです。
それでは、ここまでお付き合いありがとうございました!
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