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ショートショートのような

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あったらいいな、と思う小さな世界たちです
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#ショートストーリー

【夢の話】アンモナイトの化石

【夢の話】アンモナイトの化石

その夢の中で、私は十歳くらいの少女になっていた。重みを含んだ暗さと、靴の下のふかふかとしたカーペットが、本当にここを歩いているのか、と心許な気になるが、それはいつかの現実の世界で感じていた感覚だった。
建物のどこか奥の方にある機械が発しているような埃っぽさと、それを電気の力で浄化しようとしているような臭いがする。
そこは博物館のような場所だった。展示物の場所だけが、黄色く、明るく灯っていた。近づい

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【ショートショート】レモンとおじさん(2)〜はじまりの月夜に〜

暗い、暗い夜の海

一筋の光が、揺れている
その先に、浮かぶのは、月
まんまるく、黄色い光に
見惚れていると、吸い込まれるよ





一隻の、小さな船が海に出た
オールを握る、おじさんの手
ゆっくり、ゆっくり、漕ぎ始める

沢山のものと出会い、育み、慈しんできた
そうして蓄えたものたちに、ひとつずつ、さよならを告げる、そんな旅

潮が満ちて、引いてゆくように

悲しいことではない
進むこと

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【ショートショート】君の秘密

いつもは私が、待ち合わせ時間に少し遅れて行くから、気づかなかった。

その日はめずらしく、たまたま早めに着いた。
私の家から二つ角を曲がったところの、開けた場所。

待ち合わせ時間を少し過ぎたとき、彼から連絡が来た。

「もう着いてるよ」

彼が通ってくるはずの道で待っていたのに、私が気づかないうちに彼は通り過ぎていたのだろうか。

私の家の前に戻ってみると、彼は年季の入った車の隣で、いつもの色褪

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【ショートショート】レモンとおじさん〜連なり、生まれる〜

おじさんが連なっている。

よく見ると、おじさんとおじさんの間にレモンが浮いている。

おじさんが前にスッと腕を上げると、手に取れるくらいの位置に。

レモンとおじさんは、程よい距離を保っている。

おじさんの連なりは、住宅街の中をゆっくりと進んでいる。

車が前を横切ろうとすれば立ち止まり、ベビーカーを押した女性が前から歩いてきたら、少しずれて、全員で道を譲った。

どういう具合でレモンが発生す

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【ショートショート】玉ねぎとおじさん

【ショートショート】玉ねぎとおじさん

ある日の夕方、肉じゃがを作ろうと思った。

駅前のスーパーの入り口に、じゃがいもと玉ねぎがたくさん、緑色のケースから溢れそうなほどたくさん積み上げられていて、一つ四十三円。どれもツヤツヤしていて良いものだったので、じゃがいも三つと玉ねぎを二つ買った。二百十五円。

つやっとまるい玉ねぎの皮をむき、半分に切ると、中から小さなおじさんが出てきた。玉ねぎの芯の部分に親指姫のように包まれていた。この前はテ

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【ショートショート】土星にいる男

【ショートショート】土星にいる男

こんなことを続けてもう何年だ。

私は旅に出たつもりが、気がついたら土星の輪の上を走っている。なぜか地球で愛用していたフェラーリも隣で並走している。そして今気がついたのだが、裸足だ。

不思議なことに疲れを感じない、疲れを感じないので走り続けている。走るのをやめてもやることがなくなる気がするから、だからしょうがなくでもないが、とにかく今は走り続けている。

近くに時計がないので、時間がわからない。

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【ショートショートと思いきや】手相があるので

【ショートショートと思いきや】手相があるので

私の強みは、私の手相です。私の自慢でもあり、誇りでも、自信の源でもあります。
私がなぜこんなに日々溌剌と過ごせるか、なぜ毎日やってくる明日に希望を持てるのか。それは、この手相があるからです。

私の手相で気に入っているところは、まあいくつもありますが、やはり一番はこの薬指の下にスッと伸びる金運線です。語ってもいいですか?ええ、では遠慮なく。自然に伸びる枝のようにのびのびと生えているその溝はちょっと

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【ショートショート】カールおじさん

【ショートショート】カールおじさん

カールおじさんは、吉祥寺にいる。

吉祥寺サンロード商店街か、井の頭公園によく現れた。天気の良い日は決まって商店街に出没する。

服装はいつも同じ。

デニム生地のオーバーオールに、白い半袖のTシャツ。オールシーズンだ。

被り物は天気や季節によって変わる。冬はニット帽、雨の日は水泳帽になったりする。

そして手にはいつも「カール 6種のブレンドチーズあじ」を抱えるように持っていた。

人通りの多

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【ショートショート】父の日

【ショートショート】父の日

今日は父の日。実家に住む娘たちから荷物が届いた。

単身赴任は寂しい。もう五年も経ってしまった。
あの時小学生だった娘たちは、すでに大学受験の話をしている。
高校一年生で、大学の心配をするなんて、早すぎないか。何のための高校だ、高校は大学受験のために行くところじゃないぞ。
そんな言葉をやっても、こんな距離からでは妻も娘も耳を貸さない。

家では妻と娘たちが毎日楽しくやっているようだ。
時々ビデオ電

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