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アパレル店員はお客様をとって食いたいワケじゃない

「そのトップス、可愛いですよね~!」


ギクッ!!という擬音が文字となって背中に浮かび上がるほど、あからさまに肩を弾ませて驚く。

ゆっくり後ろを振り向くと、ニコニコときれいな笑みを浮かべた店員さんがいた。


可愛い。


いっぽう、こちらは「はは~えへえへへ、そうですね~へへ…」と気味も歯切れも悪い返事をしながら、少しずつ後ずさる。

一歩下がると、一歩踏み込まれる。
ヒイ!!すみません許してください…

なにもしてないしされてないのに、人は緊張すると反射的に心の中で「すいません」って言うの、なんでなんだろう。

気がついたら土俵際いっぱい、退店寸前。


数分前の固い意思はどこへいってしまったのかと、己を鼓舞する。




「新作アイシャドウも、気になってたニットも今日買う。もう決めたから絶対買う。」

「先輩…それ先週も言ってましたよ…」


それは先週の話だ。今の私は、過去の私とは別人といっても過言ではない。


何故ならたった今、鬼の6連勤という偉業を成し遂げたばかりなのだ。


いつもなら優柔不断なせいで、欲しいなーと思うものがあっても「衝動買いはよくない…」となかなか買い物がはかどらない。

だが、今は達成感と疲労感でいっぱい。頭に浮かぶ言葉は「自分へのご褒美」ただ一つ。今日こそは!と己の購買欲への絶対服従を誓う。


そして、鼻息荒く店内に足を踏みいれ間もないところだった。





元アパレル店員なのだが、いまだに接客されるのが苦手だ。


新しい服欲しいな~とお店に入っても、店員さんには感づかれないように気配を消す。

近づいてきたのを感じたらじりじりと距離をとりながら買い物を続けるが、やがて窮屈になり店から退散。

そしてまた別の店にコソコソと迷いこみ、忍びのように買い物を続ける。


なぜこんなに接客されるのが苦手かというと、「出会い頭に始まる商品発表会」を恐れているからだ。


この発表会は、こちらの意思とは関係なく、突然始まる。

ほんの少し(あ、かわいい)と目に留まった服に視線を落とし、さらには触れようものならどこからともなく現れる店員さん。


そして始まる発表会。

「そちらのアイテムは最近入荷した新作で、ゆったりしたシルエットが特徴なんです。今一番人気なんですよ~!合わせてこちらのインナーも着ると可愛くて…」

気持ちはありがたいし、このアドバイスに大いに助けられることも実際にある。

だがそうでなかった場合、なんと返したらいいか分からず、とりあえずニコニコするだけしかできない。そこに追撃商品トーク。


最後まで自分の本当の想いを店員さんに伝えられることなく、発表会はヒートアップし、気付けば後には引けない状況に…

そもそも話しかけられるのが好きではないという人もいるかもしれないが、私はこの「圧倒的押せ押せセールス感」がどうも苦手だ。


とにかく売り込み売り込み、押して押して押しまくる。

店員さんのお声かけに反応したからにはこちらも興味を示し、商品を買わなければいけないんじゃないかという気持ちになる。


確かに店舗によってノルマもあるし、本当に厳しいお店だと「目標額に届かなかったらボーナス減給」なんて恐ろしい話も耳にしたことがある。

それだけ、アパレル店員にとって「個人売り上げ」はシビアなものなのだ。



でも、「お客様に買わせてやろう」と心の底から思って接客をしているアパレル店員が存在するとは、どうも思えない。

いかに買ってもらうかは本来あまり重要ではなくて、あくまで販売員の役割は「お店に訪れたお客様に、お洋服と一緒に未来を売る」こと。

売り上げはその結果、後から自然とついてくるものと教わった。


「いつもと違ったスタイルに挑戦したくて」
「好きな人との初デートで可愛いと思ってもらいたくて」
「自分に自信をつけたくて」


お店に足を運んでくださるお客様のニーズは、本当に人それぞれ。

その色とりどりの理想の未来を、お洋服を通してご提供する。


来たときよりほんの少しでも自分を好きになれていますように。

選んでくださったこの一枚が、この先の人生もほんの少し彩ってくれますように。


「お客様がお家に帰って、ショップバックから新しいお洋服を出した後のことまで想像する。自分が提案したものにお金を払っていただくっていうのは、そういうことなんだよ。」

これは、私が先輩から教わったことだ。
だから「未来まで売る」ことは大切だと思う。

そしてこの思考は全てのアパレル店員の根底に、必ず、あるものだと思っている。


問題なのは、きっと環境だ。
売り上げ至上主義のお店はやはりどこか殺伐としているし、「数字」だけに憑りつかれているリーダーは一定数いるもの。

激しいプレッシャーと戦い続けていると、いつの間にか順番が逆になってしまうのだ。


そして、人は身を置いた環境に精神状態を左右されやすい。

寝ても覚めても数字数字数字…と言われ続けたとしていたのなら、お客様に対してもその意識で接してしまうのはごく自然なことだろう。



そんなとき部外者の私にできるせめてものことは、「ありがとう」を店員さんたちに伝えることだけだと思う。


販売員という生き物は、そのたった一言のために働いている気がする。


数字に追われて目的を忘れてしまいがちだが、たった一言「ありがとう」で不思議なことに人は正気に戻れる。


もしかしたら、接客している笑顔の裏で泣きそうなほどつらい葛藤を抱えているかもしれない。

元気に対応してくれているけど、今にも「助けて!」と叫びだしたいくらいのプレッシャーと戦っているかもしれない。

だから、できるだけ伝える。

どこの誰だか知らん奴に言われても…かもしれないし、情けないことに「ありがとう」の一言すら言えずに店から逃げ出してしまうことも多かった。

でも私はそうやって救われてきたから、できるかぎり感謝を伝えていきたい。


「ご丁寧に助かりました!ありがとう」


今日の私は一味違う。なんたって偉業を成し遂げたんだ。キラキラのショッパーを受け取り、そう伝えて店を後にする。


「なんだか明日も頑張れそう」





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