中長期でビジネス成果を上げる、CRMマーケターが本来見るべき本質的・戦略的なKPIとは?【第1回】
はじめに
Cheetah DigitalでMarketing Consultantを務めている小林です。
現代のビジネス環境において、CRMマーケティングの重要性は日々高まっています。
2010年代に入り、Mark Jeffery著「Data-Driven Marketing: The 15 Metrics Everyone in Marketing Should Know」をはじめとする影響力のある著書や、急速な技術発展により、データ起点の経営・マーケティングの重要性がビジネス界でより広く認識されるようになりました。
多くの企業がKPIによる目標管理を当然のように行っている一方で、戦略的かつ効果的に意思決定に活かせているか、課題に感じていらっしゃるケースも多いようです。
そこで、これから2回に分けて、CRMマーケティング領域において中長期的なビジネス成果を上げるために必要な、本質的・戦略的なKPIとその活用方法について整理・考察していきたいと思います。
・第1回:SMARTな目標設定と最重要KPI
・第2回:マーケティング活動の適切な効果測定
本記事では、「SMARTな目標設定と最重要KPI」について、CRMマーケターが真に注目すべき指標とその重要性を探っていきます。
短期的な数字だけでなく、顧客との持続的な関係構築や長期的な企業価値向上につながるKPIに焦点を当てることで、より戦略的なCRMマーケティングの実現を目指します。
KPI設計の基準
CRM、マーケティングにこだわらず、さまざまな管理活動におけるKPI設計の視点として、S.M.A.R.T.基準を用いることが広く知られています。
この概念は、George T. Doran "There's a S.M.A.R.T. Way to Write Management's Goals and Objectives" という論文で紹介されています。
S.M.A.R.T.は以下の要素から構成されています
これらの基準は、効果的な目標設定と管理のための指針として広く採用されています。
ただし、組織や状況に応じて解釈や適用に柔軟性があることも認識されています。
例えば、'A'は「Attainable(到達可能)」や「Assignable(割り当て可能)」、'R'は「Realistic(現実的)」としても解釈されることがあります。
それぞれ、その内容を紹介します。
1 Specific(具体的)
Specificは、目標が明確で具体的であることを意味します。
ビジネスの目標は漠然としたものではなく具体的な数値や行動を含めることが重要である点は当たり前の認識であると思います。
例えば「顧客エンゲージメントの向上」という目標設計には、「月間アクティブ率を20%増加する」といった具体的な数値目標も合わせて設計しなければなりません。
2 Measurable (測定可能)
Measurableは、目標の達成度を客観的に測定できることを意味します。
測定不可能な目標設計は妥当ではなく、何らかの定量的な指標を用いて進捗を追跡できる指標が適切であるというものです。
例えば「顧客満足度を向上する」という目標だけでは不十分で、「年1回測定しているNPS®(Net Promoter Score)を、現在の-40から-30に改善する」といった具体的に収集可能な数値目標が必要です。
3 Assignable (割り当て可能)
設定された目標が具体的な責任者や部署に割り当てられ、現実的な実行力が担保できるということを意味します。
リソースや市場環境を踏まえ、具体的な担当者や部署を明確に指定することが重要になります。
例えば、「マーケティング部門が主導し、6か月以内にリードを30%増加させる」などの目標が必要です。
4 Realistic(現実的)
設定された目標が組織の全体的な戦略・目標と整合性があり、かつ現実的であることが求められます。
ビジネスの文脈では、企業の長期戦略や現在の市場状況を十分に考慮し、真に意味のある目標を設定することが重要です。
例えば、「デジタルトランスフォーメーション戦略の一環として、オンラインチャネルでの顧客獲得率を25%向上させる」というように、企業の大きな方向性と合致し、かつ達成可能な目標を設定することが有益です。
5 Time-related(期限がある)
Time-related(期限がある)の要素は、目標達成のための明確な期限が設定されていることを意味します。
ビジネス適用において、これは具体的な時間枠を設定し、定期的なレビューポイントを設けることを意味します。
例えば、「次の四半期末までにカスタマーサポートの平均応答時間を2時間から1時間に短縮する」というように、明確な期限と中間目標を設定します。
このアプローチにより、緊急性が生まれ、プロジェクトの進捗管理が容易になります。
S.M.A.R.T. の活用
KPIを活用するためには、これらの基準を用いて、明確で測定可能、かつ組織の戦略に沿った達成可能な目標を設定し、その実行計画と統合することが重要であると言えます。
CRM領域の重要KPI
上記のような視点を踏まえ、CRMにおいて効果的な戦略を立てるためには、適切なKPIを設定し、継続的に監視することが必要不可欠です。
では、具体的にはどのような指標に着目し、顧客理解をすすめ、自社の顧客の状態を正しく把握することができるのでしょうか?
以下に、CRM領域で特に重要視すべき7つのKPIについて詳しく解説します。
1. CLTV(Customer Lifetime Value:顧客生涯価値)
CLTVは、顧客が企業との取引期間全体を通じてもたらす純利益の合計を予測する指標です。この指標は、顧客獲得コストの妥当性評価や、顧客セグメントごとの投資判断に活用されます。
CLTVの算出式は様々なバリエーションがありますが、以下が一般的な算出方法です。
CLTV = 年間顧客あたりの収益 × 利益率 × 顧客維持年数
上記算出式は単純な反面、顧客維持年数の算出が比較的難しかったり、算出方法からの示唆が乏しく、ビジネスにおける意思決定に繋がりづらい欠点があります。
そこで、以下のような顧客のコーホートに着目した算出方法もあります。
CLTV(特定コーホート) = Σ (平均購入額(t) * 再購入率(t)) / (1 + 割引率)^t
※tは特定期間における一時点
※割引率は以下を参照してください。
https://ja.wikipedia.org/wiki/割引現在価値
コーホートとは、ある特定集団を示す言葉であり、「セグメント」と読み替えても差し支えありません。
各コーホート別の一定期間における購入金額・再購入率から、総合的なCLTVを算出するロジックとなっています。
コーホートと期間別の算出方法に着目したLTV設計を行うことで、過去と現在の顧客群やセグメント別の顧客群の特徴を考察することができ、より有益なビジネスにおける意思決定に繋がります。
コーホートLTVについては、算出式がやや複雑であるため、詳細は改めて掲載したいと思います。
2. 第1ブランド想起率
特定の製品カテゴリーについて尋ねられたときに、最初に思い浮かぶブランドとして自社が挙げられる割合を示します。
ブランド認知度と顧客ロイヤルティの指標として重要です。
算出式は以下のとおりです。
第1ブランド想起率 = (自社を最初に挙げた回答者数 ÷ 全回答者数) × 100
例えば、自社がスポーツ商品を専門に扱っているメーカーとしたとき、「スポーツ商品ブランドで最初に思い浮かぶブランドは何ですか?」という問いに対する回答率が第1ブランド想起率に該当します。
なお、自由記述形式でのブランド想起を純粋想起、選択肢が与えられた状態でのブランド想起を助成想起と呼びます。
「ダブルジョパディの法則」では、市場浸透率と購入頻度には正の相関が見られ、市場に浸透しているブランドほど購入頻度も高くなる、という事実を指摘しています。
そして、この市場浸透率と購入頻度を高めるためには、ブランドの購入確率・選択確率を高めるしかありません。
その一つの重要指標が、第1ブランド想起率ということです。
自社会員組織や会員に閉じない市場全体のブランド想起率を定期的に計測し、自ブランドの市場におけるポジションを把握し続けることが重要になります。
3. NPS®(Net Promoter Score)
顧客ロイヤルティを測定する指標で、「当社の製品やサービスを友人や同僚に薦める可能性はどのくらいありますか?」という質問に対する回答を基に算出される指標がNPS®(Net Promoter Score)です。
算出式は単純で、以下のとおりです。
NPS® を開発した BAIN & COMPANYによれば、NPS®の利点を以下のように紹介しています。
NPS® は比較的簡単にデータ取得が可能で、算出方法も単純であるため、これを用いてロイヤルティを計測している企業は多くあります。
一方で、単に計測するだけでなく、「正しい運用」により顧客体験の変革を促すことが企業の業績成長に必要であるという点も忘れてはいけないポイントです。
4. リピート率 / リピート意向率
商品・カテゴリ・ブランドの売上のうち、新規・リピートの売上・人数比率と、利用者・購入者のうちどれぐらいが「次も利用・購入したい」と思っているかを示す指標です。
「リピート率」は購買データから、「リピート意向率」はアンケート等で把握です。
リピート率(購買データベース) リピート率 = (リピート購入者数 / 総購入者数) × 100 または リピート率 = (リピート購入による売上 / 総売上) × 100
リピート意向率(アンケート調査) リピート意向率 = (再購入・再利用を希望する回答者数 / 総回答者数) × 100
リピート率は、顧客の再購入行動を直接的に測定する指標として、多くの企業で活用されています。
購買データから容易に算出できる「リピート率」と、アンケート調査で把握する「リピート意向率」の両面から顧客ロイヤルティを評価できます。
高いリピート率は、企業の持続的な成長と収益性の向上に必要な要素であることは疑いようがありません。
この指標を継続的にモニタリングすることで、顧客ロイヤルティの上昇・低下や、市場動向の急激な変化を見過ごすことがなくなると考えられます。
5.顧客獲得率
顧客獲得率は、マーケットにおけるターゲット顧客のうち、実際に自社の顧客となった割合を示す指標です。この指標は、企業の市場浸透力と競争力を測る重要な尺度として用いられます。
算出式は以下のとおりです。
顧客獲得率 = (新規獲得顧客数 ÷ マーケットにおけるターゲット顧客数) × 100
例えば、あるPCメーカーが特定の地域で20万人の潜在的なターゲット顧客がいると推定し、そのうち2万人が新たに自社製品を購入した場合、顧客獲得率は10%となります。
この指標は、企業のマーケティング戦略の効果や製品・サービスの市場適合性を直接的に反映します。
「市場浸透戦略」の観点からも、顧客獲得率は重要な指標とされており、高い顧客獲得率は市場での強い競争力と効果的なマーケティング活動を示唆します。
顧客獲得率を定期的に測定し、業界平均や自社の過去のデータと比較分析することで、自社の市場ポジションや成長の方向性を把握することができます。
なお、マーケットにおけるターゲット顧客数の定義と推定には戦略的な方向性やペルソナの理解など比較的
6. 顧客維持率・離脱率
顧客維持率は、一定期間内に継続して購買・利用を行っている既存顧客の割合を示す指標です。一方、離脱率(チャーン率)は顧客維持率の逆指標であり、同期間内に購買・利用を停止した顧客の割合を表します。
これらの指標は、顧客ロイヤルティと事業の安定性を測る重要な尺度として用いられます。
算出式は以下のとおりです。
顧客維持率 = ((期首顧客数 - 期間中の離脱顧客数) ÷ 期首顧客数) × 100
離脱率 = (期間中の離脱顧客数 ÷ 期首顧客数) × 100
例えば、ある企業が年初に1,000人の顧客を持っていて、年末までに50人が離脱した場合、顧客維持率は95%、離脱率は5%となります。
これらの指標は、「顧客生涯価値(LTV)理論」と密接に関連しています。高い顧客維持率(低い離脱率)は、顧客との長期的な関係構築の成功を示し、LTVの向上につながります。
また、既存顧客の維持は新規顧客の獲得よりもコスト効率が良いとされており、事業の収益性と安定性に大きく寄与します。
7. アップセル率・ダウンセル率
アップセル率とダウンセル率は、特定期間における顧客の購買金額の変化を示す指標です。
例えば、顧客を1年間の購買金額に基づいてH(High)、M(Medium)、L(Low)の3ランクに区分し、ランクの上昇をアップセル、下降をダウンセルと定義します。
これらの指標は、顧客価値の変動と購買行動の変化を測る重要な尺度として用いられます。
算出式は以下のとおりです。
アップセル率 = (特定期間に上位ランクに移行した顧客数 ÷ 全顧客数) × 100
ダウンセル率 = (特定期間に下位ランクに移行した顧客数 ÷ 全顧客数) × 100
例えば、1,000人の顧客のうち100人が前期よりも上位のランクに移行し、50人が下位のランクに移行した場合、アップセル率は10%、ダウンセル率は5%となります。
高いアップセル率は顧客の購買金額増加を示し、CLTVの向上につながります。
また、ランクの変遷をモニタリングすることで、どのようなカスタマージャーニーを描くのか、顧客セグメント単位等で分析することも可能です。
まとめ
これらのKPIは、CRM戦略の効果を多角的に評価するために特に重要視すべき指標です。
これらの指標・算出方法は、事業内容や業態に応じて可変することが求められますが、いずれの観点もCRMには欠かせない論点だと言えます。
なお、"There's a S.M.A.R.T. Way to Write Management's Goals and Objectives" では、すべての管理項目を定量化することは難しいことも指摘しています。
定量的な目標と定性的な目標のバランスを取ることが、効果的な管理にとって重要な要素です。
ここまで、KPIの設計利点やCRMにおける重要指標を例示しましたが、適切なKPIを設計をした後に重要になる視点が、効果検証です。
各種マーケティングの実行と検証においては、さまざまな取り組みについて、各種KPIの向上に寄与しているのか?という論点にアプローチしなければなりません。
次回は、これらのKPIを活用した「マーケティング活動の適切な効果測定」について詳しく解説していきたいと思います。
第2回の記事はこちら
Author
小林 寿 (Hisashi Kobayashi)
Marketing Consultant
マーケティングオートメーション・ロイヤルティプログラム領域のマーケティングコンサルティングを担当。市場調査・政策評価・マーケティングアナリティクス・因果推論等が専門。
分析・クリエイティブ・製品・最新技術など…マーケティングに役立つ情報を発信中!
> チーターデジタルBLOGはこちら