教室が愛でいっぱいなことに気づいた日
「漢字ドリルが終わった人から、黒板を見ながら自分で勉強を進めてね。」
他のクラスの授業を見にいくことがある。
子どもが一人で進められる課題を出しておいて、
ちゃんとやれているか、揉めたり困ったりしていないか、たまに様子を見に行く。
先日のこと。
子どもに気づかれないように、そーっと後ろの扉から見に行った。
どの子も静かに、黙々と課題に取り組んでいる。
その姿が、私の心にじんわり沁みた。
つい、声もかけずに後ろから子どもたちのことを、ぼーっと見てしまった。
私が見に(監視?笑)来たことに素早く気づいて、やっているふりをした子もいるかも。
叱られたくないから、渋々やっている子もいるかも。
出された課題は当然やるもの、と疑いもせずにやっている子もいるだろう。
もちろん、勉強するのは自分のため。
それでもね、
「誰かに言われたことをする」って、それだけでもう愛なんじゃないかなあ。
一生懸命、鉛筆を動かす子どもたちが愛おしくてたまらなくなった。
授業中に話を聞いてくれることも、
出された宿題をやってくることも、
忘れ物をして謝りにくることも、
私のことを
先生として、人として、認めてくれている
から。
これって、とっても愛じゃない?
よく見る、なんてことのない風景なのに、
愛を感じるセンサーが、ぴこんと反応した日のこと。
世の中は愛でいっぱいなのかもしれない。
気づけていない愛が、きっといっぱいあるなあ。
今日も読んでくださって、ありがとうございます。