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【小説】桜貝(春ピリカグランプリ2023)〜麻子、逃げるなら今だ‼︎〜スピンオフ


小説【麻子、逃げるのは今だ‼︎】
全話収録⤵️


 麻子は物心ついた頃から母に手を繋いでもらった記憶がない。
2年も経たないうちに弟が生まれたのだから致し方がないことだと幼心に我慢していた。
 幼稚園の検査で斜視が疑われ、当時としては珍しかった小児眼科へ母と出掛けた。
弟を祖母に預け、幼稚園を休んで母と二人きりということにどきどきしたのを覚えている。
初めて母を独り占めできることに興奮していたのだろう。
 弟が居ないのに
「もう、お姉ちゃんだから」と母は手を繋いではくれなかった。
麻子は母からお姉ちゃんだと認められているから手なんか繋がなくて構わない、と誇らしくさえ感じていた。
 小学校高学年ともなると、親と一緒に出掛けるところを友達に見つかるだけで恥ずかしいと思うようになった。
思春期を迎える頃には、家族より友達と過ごす方が大事になった。

 片時も離れたくないと思う人と巡り会い、娘由美が生まれた。
丁度、弟と同じくらいの年齢差で息子修も生まれた。
修を抱っこ紐に入れ、由美と手を繋いで歩くのは至福の時間だった。
直ぐに歩き疲れてしまう由美から抱っこをせがまれるのには閉口したけれど。
 私を求める小さな手、軽く握らないと潰れてしまいそうな柔らかな指、眠くなると温かくなる少し湿り気のある手。
どうしてこんなに可愛らしいものがこの世に存在しているのだろう。

 夫も麻子も年齢を重ね、由美も修も大人になった。
年の離れた未子の進もいる。
父を病気で亡くし、独りでは暮らせなくなった母は施設で暮らしている。 
母の思い出に残っているのは楽しかったこと、嬉しかったこと、好きな人のことだけ。
 できるだけ毎月、由美と進を連れて会いに行く。
麻子達の顔を見た母は合掌し、涙をぬぐう。
手の甲にはシミとシワが目立つが、職員さんが保湿をしてくれているのか、カサカサとはしていなくて安心する。
麻子にはそこまで母に優しくできないと思う。

 小一時間たわいもない話をしていると、何度も同じことを繰り返し聞き返す母に、由美と進が付き合いきれなくなってしまう。
「そろそろ帰るわね。
来月もまた来るから、しっかりと食べて元気にしていてね」と告げる。
 別れ際に母はまた目元をぬぐう。
寂しい寂しいと言いながらぬぐう。
その手を一人ずつ握り締め挨拶を交わす。
「あったかい手ね…」
決まり事のように母は言う。
ふと指先の剥げかけたネイルに気づく。
イベントのときにでも塗ってもらったのだろうか、桜貝のような薄桃色。
「お母さん、きれいにしてもらって良かったね」
「何のこと?」母の記憶には残っていない。
「ネイルもきれいだけれど、お母さんの爪の形はもっときれい」
 親指の爪までが細くて長いということを初めて知った。
私にも娘にも息子にも伝わらなかったきれいな形。
幼い頃繋いでもらえなかった母の手を、今度は麻子の方から繋ぐ。
「お母さんの手もあったかいよ、また来るからね」
そして母はまた目元をぬぐう。
(1188文字)



【謝辞】
聴き屋のくみさん様
画像を使わせていただきました
有難うございました

【Special thanks】
ピリカ様
素晴らしい企画を有難うございました



ゼリ様の作品を拝読しなければ、この企画を知らないままでした。
感謝しています(追記:下書きに戻されました。又お目にかかれると信じています)



麻子•由美•修•進、いつも作者の我儘に付き合ってくれて有難う

※当作は連載中の連作短編「麻子、逃げるなら今だ‼︎」のスピンオフです



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