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アートへの苦手意識は手放さなくてよかった。UNMANNED無人駅の芸術祭

 「アートよくわからん」と思うたび、自分の感受性の乏しさや無教養を思い知らされるようで、うっすらと"アート界隈"を避けるようになっていました。私は自然natureが好きだし、と開き直ってもいた。
 先日、ひょんなご縁で大井川の芸術祭を訪れたら、やっぱりアートはわからんかった。でも、森の中できらめく菌類キノコに出会ったときだって同じぐらいよくわかってないことに気がつきました。未知との遭遇には気持ちが揺らぐ。たぶんその心の動きこそアートと芸術家が目指しているもの。

カメラマン、芸術祭おすすめされがち問題

 旅や写真が好きだからか、芸術祭をおススメしてもらうことが多かった。瀬戸内はいいよ、新潟は感動するよ。旅が好きなら、カメラが好きなら、きっとはまるよ・・!と。
 きっと私以外の素敵な感性を持つ方々はそうなんだとおもう。青い海と空を背景に黄色いかぼちゃの写真なんてとってもキュートだ。でも、たくさんの人が楽しんでいたって、自分には多分向いてない、そんなしょうもない自尊心から虎になりかけていた。
 ところが先日、尊敬する先輩・Yさんが、大井川鐡道てつどう沿線で開催されている芸術祭に行こう、しかも主催者の運営するゲストハウスに泊まろう、と誘ってくれたのでした。小虎、ピンチ(※ゲストハウスも苦手な私にとってはなかなかハードルが高いお誘いだったのです…)。一瞬躊躇ためらったものの、先日お誘いいただいた瀬戸旅行がとびっきり楽しかったこと、Yさんとまた一緒にでかけたい一心で、ご一緒させてもらうことに。

UNMANNEDアンマンド無人駅の芸術祭/大井川

中心となる抜里ぬくり

 島田市(静岡県・中部エリアの山側)~川根本町かわねほんちょう(島田市のさらに山側)にかけて走る大井川鐡道は、大井川流域の風情ある車窓で愛されるローカル線。全国にファンのいる素敵な路線だけど、ご多分に漏れず沿線の過疎化や台風被害で経営環境もかんばしくない。運行本数は一日数便で、無人駅が大半。

JR東海道線・金谷駅で大井川鐡道に乗り換える。
車内のこのレトロな雰囲気が堪らない

 そんな大井川鐡道の沿線で、8年前から開催されている芸術祭がこの「UNMANNDアンマンド無人駅の芸術祭/大井川」だった。実はこちらのイベント、アート界隈では有名で、かの『美術手帖』の「今年注目の国際芸術祭」にも何度も取り上げられているらしい。静岡の話題にはアンテナを張っていたつもりが、まだまだでした。

 UNMANNEDアンマンドの特徴は、抜里の集落を中心に、アーティストが地元の人たちと関わり合いながら作品を生み、展示していること。(他の地域のことを知らないので、この辺りは公式の情報を参照しています。)

当芸術祭は、人口減少による地方の「無人化」、効率化や情報化による都市の「無人化」、と相反する局面で同時に進む「無人」を現代社会の象徴と捉え、静岡県島田市と川根本町という2つの市町の無人駅集落を中心に開催を重ねる芸術祭。無人と呼ばれる場に増えていく人の手の入らない空間と、無人と呼ばれる場で豊かに生きる人々の光。この2つを、現代アートを通じ可視化し、地域の再発見に導く取組である。

NPO法人クロスメディアしまだ プレスリリースより

私が体験したUNMANNEDアンマンド

 冒頭の通り、アートの知識も楽しみ方も知らない、更にはちんけな李徴りちょうが心に住み着いた状態で訪れた、人生初の芸術祭でした。ところが帰宅後すぐに写真を整理しnoteをごそごそと書き出してしまうぐらい、とても楽しかった。そして一気にこのイベントと抜里ぬくり集落の人々のファンになってしまいました。

雨降る初日のアートたち

 初日は雨、気温も10℃に満たず、久しぶりに冬らしい寒い一日でした。でも、しっとり黒が濃くなる光景とアートはマッチしそうだったので、前向きに出発。Yさんと静岡駅で合流してから、抜里駅からガイドツアーに合流しました。

到着して初めて出会ったアート。しっとり濡れた巨大なてのひらを眺めながら解説を聞く。
農道をすれ違う村人たちが挨拶代わりに互いに「よっ」と挙げる手からインスピレーションを得たそう。
作品:てのひら 作者:小山真徳

 茶畑にぬっとそびえるてのひらは畏敬の念を抱かせる異様な存在感。はたしてこれは孫悟空を掌で遊ばせた仏が顕現したかと警戒したら、意外と爽やかなエピソードににっこり。

アートかと思ったら、アートではなくたぶん農業用水を操作するハンドルだった。現時点の私の心中では、これもアートのような。銀色のロボットが肩をいからせて茶畑を守っているみたいでかわいい。
抜里駅の待合室に鎮座する黄色い犬。とてもかわいい。
亡くなった愛犬をモチーフに、韓国から招へいされてきたアーティストさんが作成。
作品:『Flying Ddobok』 作者:LEElsoo
愛犬への愛情が伝わる。目に入れても痛くないカワイイ相棒だったんだろう。

 ここでツアーはランチタイム。主催者の方々が運営し、本イベントのインフォメーションでもある「ゲストハウス ヌクリハウス」でお弁当を頂きました。

古民家を改装したヌクリハウスの入り口。開放的で広々とした土間のような。
お弁当も美味しかった。
お座敷にもアートが。抜里集落の実在の方々を登場させたマンガが襖に描かれていました。ぜひ宿泊して複数の襖に描かれた物語を読破してほしい。
作者:内田慎之介

 ランチ後はバスに乗って抜里ぬくりからさらに北上して、川根本町へ。

廃校ではなく、現役の小学校で展示された作品。
小学生たちと一緒につくった、大井川鐡道を舞台にした童話でした。
作品:あかりのありか 作者:泰然+きみきみよ
その物語の最後のシーンを演出した展示。奥大井湖上駅をモチーフにしているそう。
モチーフになった、ダム湖の上にある奥大井湖上駅(数年前の撮影)
フォトスポットとして人気の場所です。

 小学校でほっこりとした気持ちになったあと、続いて向かったのは一転して刺々しい世界。

遠目では崩れ去った鉄骨なのかなんなのかわからず、恐る恐る近づく。
作品:遡及空間 作者:中村岳
近づくと、木材でできていた。花が植えられていたりしてぬくもりも感じる。
雨天ならではの静けさ

 そして再び抜里ぬくりに戻る。大きな製茶工場の中も展示会場になっていた。

3つの映像作品が流れている。
30年前に抜里の人達が新たに始めた神楽のために作られた大きな獅子舞が、UNMANNEDをきっかけに発掘されたそう。この地域は、もともと新しい文化を作ることにポジティブだったのか。
作品:風土のボディーランゲージ 作者:獅子の歯ブラシ×女子美術大学

 抜里の集落を歩いていると庭木が立派で、足が止まってしまう。植木屋さんが以前教えてくれたのですが、庭木の状態は地区が栄えているかどうかの指標になるらしい。

立派なミツマタ。和紙の原料がとれえるので里山で見かけますが、ここは庭木として植えられていた。
空家や空き地はあれどまだまだ人がしっかりと手を入れ暮らしている気配が濃い

 庭木だけでなく、作品もしっかり見ていきます。

茶畑を選定するサワガニ。濡れてやたらと生命力を感じさせる。
作品:沢蟹と盃の沢蟹 作者:小山真徳
集会所の中にたたずむ。地域の神様がちょっと立ち寄ってた、みたいな。ここならそんなこともあるのかも、と思ってしまう。
作品:地蔵まえ3/サトゴシガン 作者:さとうりさ
お碗をチンチロチンチロと奏でるパフォーマンス。お椀ってこんないい音色するの?と驚きます。ついうっかり自分もお椀を叩きたくなる。
パフォーマンス:碗琴道島田流 パフォーマー:かずさ

 雨の日はだいたい活動が停滞するのですが、この日はたくさん歩き回りました。アートの摂取過多のせいかカラスや謎の設置物にまで芸術性を見出してしまう。

シンクロするカラス
集落に突然のサメ・・!とおもったけど、もしかしたら頭に角があるので龍かもしれない。これはイベント無関係、常設の謎設置物。ホラー映画なら夜中に人食ってるやつ。

 この辺りで確か16時を過ぎ、イベントは終了となりました。雨の初日、気づけばしっかりアート堪能しておりました。この辺りで心中の小虎はほぼ消滅。

ぼいんぼいん山からみた抜里ぬくり

 二日目、約束された晴天。前夜の雨と湿度をおもうときっと霧が発生する、うまくいけば雲海もみれるかもと6時半に起きて、ゲストハウスの裏の山(通称:ぼいんぼいん山)に登ります。知らない町にきたときは、高台を目指すのです。

早朝の霧立ち込める抜里。雨は完全に上がっていました。
道路沿いにたたずむほこら。そっと心の中で手を合わせる。

 舗装路から急傾斜の林道に入ると、一気にハイキングの雰囲気に。

 数分登ると、開けた茶畑に出ます。中腹。

これもアートではなく農業施設。貯水槽かな?かっこいい。

 そしてすぐにまた林道へ。

森の精霊のような作品が。かわいい。
霧の道をいく。
朝日を浴びて輝く作品。神々しくてしばらく見惚れました。
作品:本人 作者:さとうりさ
この明るさなら、もう少し経てば晴れ上がる

 途中、いくつも作品があるものの霧の残るうちにつきたくて、足早に進むこと10分、山頂の最後の作品に到着。

展望台でもあり、これもUNMANNEDで前年に設置された作品でもある。
作品:境界のあそび場Ⅳ/音の要塞 作者:ヒデミニシダ
3種類の音程の「鐘」が設置されている。叩くとコーーーンと気持ちのいい音色が霧に吸い込まれていく。音色はどこまで届いているのだろうか。誰も他にいない。

 霧の晴れを待つ間、早朝の冷たい空気と湿度を身にまとい心地よい時間。

 ぼんやりしていると、さーっと霧が立ち去る気配が。こうなってからは一瞬です。急いでカメラを構えなおしました。

視界がひらけ、抜里の村が見えます。
最後の霧が茶の木にまとわりつきながら上がっていく

 きた!晴れた!大井川が育んだ豊かさを一望する景色に言葉を失い興奮し、シャッターを何度もきりました。

左手側に大井川、川から村の間は茶畑が広がり、真ん中の丘には集落を見守る墓がある。そして右手の山側には家々が輝く。

墓のある丘の上には、ピンクのフラッグが掲揚されている。

左上にピンクフラッグがみえるでしょうか?下からもよく見えます。
美しい村。もう軽トラが走り、仕事が始まっています。

 名残惜しみつつ、そろそろ下山。見きれなかった作品に会いながら下りました。

下山路は視野がクリア。こんな景色だったのか。
中腹の平地もすっかり雰囲気が一変。今日は春だ。
舗装路に戻ると、ここからの眺めもよかったことに気づきます。よく集落が見渡せる。
さて、大満足のぼいんぼいん山散策を終え、ヌクリハウス前に戻ってきました。

 早起きは三文の徳。

青空の下でみるアートやキノコ

 Yさんのご友人で、もともとこの芸術祭に毎年参加されているSさんとも合流し、前日見きれなかった場所をのんびり周ります。

電気工事の方々が作業開始前のミーティング。
遠くに見える、「てのひら」。晴天下で眺めると印象が変わります。爽やか。
茶畑の剪定。収穫期前にもこのようにきれいに切りそろえます。なるべく均一な味になるらしい。
防霜ぼうそうファンを模したアート作品。高齢のご夫婦が写真を撮り合っていてほっこり。
作品:茶畑のサイクリスト 作者:東弘一郎
茶畑のサイクリストに登り、プロペラを回転させながら見える景色。
「美味しいお茶になれよ~」

防霜ぼうそうファンってご存じですか?ほとんどの茶畑に設置されてる小さな扇風機のようなもの。初めて見たときはあんな小さな扇風機でなにやってんだと懐疑的な目でみていました。新茶の季節に霜がおりると葉っぱが痛むので、あの扇風機で空気をかき混ぜるらしい。
この辺りがわかりやすい▼
https://www.makinouen.co.jp/bousou_fun.html

中央下に黒く開く穴▲が、アートへの入り口

 笹薮ささやぶの隙間から奥に入ると、幻想的な空間が広がります。

作品:くぐりこぶち 作者:さとうりさ
霊魂飛び交う異界に入り込んだような、でも楽し気な空間。
この魂(小鳥だそうです)がひゅんひゅんと風にゆれて動き続けています。

 ずっとここにいたいような、長居しすぎると出られなくなりそうな、不思議な空間でした。小さいころ憧れた物語の世界のよう。後ろ髪をひかれつつ外に進むと、あ、キノコ。

朽木に映える木材腐朽菌だ。
白い子は粘菌だろうか?かわいい。

 おーかわいい!と立ち止まって撮っていた。Yさんに「ナニコレ?」と聞かれたけどわからん。大学で菌類の研究室にいたはずだけど(多少の知識が頭によぎるとしても)ほぼなんもわからんのです…。でもなんかいいな、と思うから惹かれて立ち止まってしまう。研究対象としての出会いならいざ知らず、このキノコと昨日~今日みてきたアートたちとの間にどんな差があるのか問われると、難しい。

 アートに対する自分なりのスタンスが見えたような気がするな..ともやもやしながら次の作品へ。まだまだあります。

白いカーテン
作品名:境界のあそび場Ⅲ/ちゃばらのカーテン 作者:ヒデミ二シダ
揺らぐカーテン越しの景色もいい


アートではないけど、遊び心感じる13。別の配電盤でも同じフォントが。
抜里散策も楽しい
河原に設置されたカラフルな箱。中は見た人のお楽しみ。
作品:A NOOK 作者:Instant coffee
一面緑の世界にちょこちょこ見える河津桜がいいアクセント
最後にみた作品が展示されている空家
白い水引きで作られた神聖さ漂う空間。光の差し込み方で表情が変わるはずなので、別の時間帯にきても楽しめそう。この家の持ち主さんのメッセージも室内にあるので、あわせて読んでほしい。
作品:内なる器は際限なく育っていくはずだ 作者:TAKAGI KAORU


アートが苦手な人ほど芸術祭がいいかも?

ヌクリハウスの玄関

 二日間通して、2種類の非日常に出会いました。アート作品とアート作品でないものたち。アートを見るときは、「これはアート作品だ、何かのメッセージを受信しなければ、作者のコンテクストを理解しなければ、時代における位置づけを知らなければ…」なんて無い知恵絞って身構えていたのですが、この美しい集落を歩いているとアートかそうでないかは些細な違いに感じられました。非日常や違和感、素敵なものに出会ったとき等しく心が動きます。その心の動きこそ、アートが生み出したかったものでは。アートの存在感をたっぷり浴びたからこその気づきでした。

 当初の杞憂きゆうなんてどこ吹く風、6000文字超noteに書き綴るぐらい、どっぷり芸術祭と抜里ぬくりを楽しんでしまいました。食わず嫌いはせんほうがいいね!
 誘ってくださったYさんとSさん、ヌクリハウスで暖かく出迎えてくださった主催者の児玉さんとその家族の皆さま、アーティストの方々に感謝です。


参考

UNMANNEDアンマンドは3/17まで開催中。もっとたくさんのアート作品があったのですがあまり紹介しすぎても…と、ご紹介は一部にとどめました。作品近くには解説の看板もたてられているので、ぜひじっくりご自身の足で周って、抜里とアートを堪能してください。



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