既婚者からのプロポーズ
「好きだよ。」
既婚者から、こう言われたことのある人が、どれくらいいるのだろう?
そして、既婚者なのに、なぜそんなことを言うのだろう?
単に人の気持ちを弄んでいるのか、家庭生活が上手くいっていないのか、冗談めかして本気なのか…
真っ先に思い浮かぶのは、その人の配偶者。
そして、もしいるなら子どものこと。
決して手放しでは喜べない複雑な気持ち。
些細な出来心が引き起こす、取り返しのつかない傷。
久しぶりに読み返した、遠藤周作先生の小説『父親』。
これは、主人公の純子(24歳)が、35歳の既婚者と不倫の仲となり、純子の父親(もう1人の主人公)と家族を始め、相手の家族まで巻き込んで繰り広げられる不倫恋愛物語。
端から見たら『よせばいいのに。』と思いつつ、夢中になっている人をとめる術はなく、ただ成り行きを見守ることしか出来ない歯がゆさ。若さゆえの過ち。
『女』となった娘の扱いに困り果てる父親。
唯一の理解者である純子の弟。
そして協力してくれる友人。
純子の父親に言わせると、娘の恋愛は下記のようなもの。
これは、女性から愛されたが、自分は本気で愛さなかった男性を、空っぽのリングケースのくぼみに喩えて語ったもの。
つまり、一番肝心なもの(ここでは『誠意』や『真心』の意)が欠けているという意味のようだ。
作中では『けじめ』のない行為と表現されている。
未婚・既婚に関わらず、人間である以上、生きている限り、人を好きになってしまうことは、きっと誰にでもある。
たとえ叶わなくても、恋愛している間は楽しい。
想うだけなら構わない。
けれど不倫の場合、その恋愛が動き出してしまったら、犠牲になり、悲しむ人が周りにいる。
そのことを忘れてはならない。
これは、代償の伴う危険な恋愛。
一方で、当人たちにとっては、心に嘘をつかず、本気の恋愛なら、残ることはない後悔。
家族を犠牲にしてまで、新しい生活を作ることが出来ない、足を踏み出すことの出来ない臆病者の『けじめのない行為』が、いかに周りに迷惑か…。
そして、その責任の取り方は…?
不倫はよほど甲斐性がないと難しい?
理性と感情の狭間で揺れ動く、一見どこにでもあるような話。
その話を、細かい背景、感情の描写を介して、登場人物それぞれの視点から見た恋愛とその行く末までを、遠藤先生の筆を通して描かれた、1人の女性の成長物語。