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カフェのテーブルが低すぎる理由 l エッセイ

今けっこう小洒落たカフェに来ている。私はコーヒーを飲み、隣に座っている女の子は一般的なおしゃれカフェのパンケーキ×2くらいの大きさのパンケーキを食べている。

黒のスリップドレスというシックな格好のその女の子は(たぶん)とてもおしゃれだ。なんだかいい感じのシンプルで小ぶりのゴールドピアスをつけているし、指輪もブレスレットも品がある。

私にわかるのはせいぜいジルサンダーのスリップドレスとマルジェラのバックくらいだが、ブランド名を知らずとも洗練された印象を受ける。

3人がけのソファー席で、向かいに席はないから必然隣同士になる。ローテーブルもいい感じだし、まるでカップルみたいだ(そう。私達は一応デートでカフェに来たけれど、1mmも付き合っていない。私は彼女をいいなと思っているが、彼女はどうかわからない)。

ゆったりした席で、知的な会話をしながら、時折女の子がはちみつたっぷりのパンケーキを食べる。おいしそうなパンケーキを食べる彼女を眺めながら、私は人生で何度も何度も気づかぬふりをしていた事実をついに無視できなくなった。

今まであえて触れないようにしてきたのだけれど、小洒落たカフェのテーブルって低すぎないかい?

テーブルが低すぎる。なんでおしゃれカフェのテーブルはこんなに低いんだ。ソファーに座る私達の膝の高さしかない。小さな子どもであっても低いと感じる高さだ。このお店に限らず、小洒落たカフェのテーブルは全体的に低すぎる。

別のお店でも、また別のお店でも、背中を丸めての読書やパソコン作業をしている人たちを山ほど見てきた。ご飯もとても食べにくい。テーブルの高さが普通だったらそんなことは起こらないのに。

ぴょんときゅん

現に隣にいる彼女も、おいしそうなパンケーキを食べてはいても「おいしそうには」食べていない。品の良い格好で姿勢良く話しているが、パンケーキを食べるときだけぴょんと反動をつけて身を90度にかがめ窮屈そうに食べるのだ。

はちみつがたっぷりかかっているから小さく切って口元に運ぶあいだに洋服にこぼれてしまうだろうし、お皿が巨大だから手で持つわけにもいかない。

食べにくいだろうなぁと思いつつ、なんだか和むなぁとも思っていた。私は某ファストファッションのシャツにパンツというごくごく普通の格好をしているから、ハイブランドに身を包み、所作も美しく、知的な話題を提供してくれる女の子に気後れしていたのだ。

だけど、彼女がパンケーキを食べるためぴょんと身をかがめるたびきゅんとしていた。ローテーブルという予期せぬトラブルのおかげで空間に「ぴょん」が起こり「きゅん」も起こる。ぴょんときゅんの好循環が発生するのだ。私は5分間のあいだに12回もぴょんときゅんを味わえた。ありがとうローテーブル。

ローテーブルと世界平和への願い

あれ、でも待てよ。私はきゅんとするが女の子は「ぴょん」に気後れしているかもしれない。洗練された彼女のことだ、どう工夫しても行儀よく食べられない現状に困っているのかもしれない。などと考えすぎて彼女の言葉を聞き逃していたようだ。彼女が私の意識を現実に引き戻すべく肩にトントンと触れた。

「ねぇ、国際ローテーブル協会って知ってる?」

国際ローテーブル協会? その協会は聞いたことがないけど、今日女の子が提供してくれている知的な話題のことごとくについていけていないな、恥ずかしいなと思い、正直に「知らない」と言ってみた。

「国際ローテーブル協会はね、1900年代初頭に設立されたの。そのころカフェのテーブルはカウンタータイプが主流で、ローテーブルは全然なかったの。設立者のロー・ヴォルフガング・フォン・テブルはカフェのオーナーを20年近く経営していたんだけど、年々お客から余裕が失われていくことをとても悲しんでいた」

ロー・ヴォルフガング・フォン・テブル? 「ロー・テブル?」まぁいいや。話を聞こう。

「当時の世界情勢は今とは違った緊張に包まれていたし、上昇志向精神が広がりすぎていた。皆が過度に裕福な暮らしを求めすぎて、そのせいでギスギスしだして緊張状態が常態化しつつあった。カフェでゆったり話していた人々が急に顔を寄せ合ってヒソヒソとお金儲けに関する話をするようになった」

女の子がぴょんと前かがみしてパンケーキをひとくち食べる、私はきゅんとする。

「でね、ある日、いつものようにお客たちがカフェに行くとテーブルが全部ローテーブルになっていたの。テブルさんが足を全部切っていたのよ。お客たちはいぶかしながらもコーヒーとパンケーキを頼んでお金儲けの話をしようと思っていたら、とにかく食べにくいの。ぴょんと屈まなきゃいけなくなったの。すっごく真面目な話をしている途中に『ぴょん』と跳ねるものだからみんな苦笑してしまってね。なんだか高みの話ばかりしているのが馬鹿らしくなったのよ」

ローテーブルと心の余裕

テブルさんはテーブルを低くすることで皆の上昇志向設定を少し低くして余剰で余裕を生み出したの。女の子はそう言ってぴょんと跳ねパンケーキを食べる。きゅん。

「だって周りを見てみて。近くに座っている上品なマダムたちも、斜め右後ろで商談しているビジネスマンたちも皆『ぴょん』としているのよ。なんだか和まない?」

たしかに気づかなかったけど、周りの皆は何かを食べるときに「ぴょん」としていた。

彼女がまた「ぴょん」と跳ね、私は「きゅん」となる。ほかの席でもぴょんが起こりきゅんも起こる。

女の子の話は100%嘘だとわかっていたけれど、私は100%の恋に落ちた。世界はぴょんときゅんに満ちていた。ありがとうロー・テブルさん、世界にぴょんときゅんを生み出してくれて。

「だけどやっぱり食べにくよね」と、彼女が最後のひとくちをぴょんと食べてにっこり笑う。ーーきゅん。


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