「腕枕」には3つの才能が必要らしい
腕枕には才能が要る。あれは腕を枕にするのではなく、枕に乗った頭とマットレスに沈む上半身の間にできた首の隙間に腕を通す技術だ。でないと相手は「ゴツゴツして痛い」ってなるし、こちらも腕がしびれてしんどい。
でもまぁ、もう腕枕なんて人生で要求されないと思っていたらまさかのお願いをされた。しかも女友達に。「ごめん、今ほんっとに参ってて、ただの友達として腕枕してくれん?」とお願いされた。大丈夫。私は過去に2度、かつて付き合っていた恋人に「腕枕の才能あるよ」と褒めてもらったことがあるからやり遂げてみせるよ。そう言って大役を請け負った。
実は腕枕にはもう一つ大事なポイントがある。ドキドキしないことだ。腕枕とは物理的な寝心地の良さより心地よさだと文献で読んだことがある。両者が協力し合って腕枕を成功させるためには、私の心臓がドッグドックして邪魔するわけにはいかないのだ。相手が落ち着かないもの。
女友達よ、そこも安心してよい。私は二十歳のころに別の女友達から海で「本当にゴリゴリのただの友達として後ろからハグしてくれ。今日しんどすぎる」と言われたときにみっちり30分、一切心臓をドキドキさせることなく友達ハグを達成しきった過去がある。友達以上の色を消す技術に長けている。
しかも何年か前に瞑想ヨガの体験に行ったときに、私があまりに集中できすぎていたらしくて終了後にインストラクターと社長に呼び出され「本当に初心者ですか?というか、うちで働きませんか。冗談とかじゃなく本気で」ときちんとスカウトされたこともある。既に無の境地を手に入れているのだ。
そうして女友達の家で腕枕を実演した。
その人の枕と背中の間にできた首の隙間にすっと腕を通し、私の二の腕は当たりはするが邪魔にはならない絶妙なフィット感を提供した。女友達は「おっ、ありがてぇ」と言ってちょっとだけぎゅっとしてくる。
私は色と気配を消すことにした。無になるのだ。これは単なるゴリゴリ友達腕枕なのだから。開始8秒ですべての感覚を遮断した。そして静かな世界に旅立った。
ーーでも。ややあって、隣からくぐもった声がした。
「…ちょ、ちょっと待って。何その息の仕方? ロングブレスダイエットでもしてるの?」
「えっ」
「『えっ』、じゃなくて」とその人は言った。「あのさ、いったい何秒間息を吸ってるの? ちょっと数えてみたら12秒間息を吸い続けて30秒ずっと吐きっぱなしだったんだけど。なにそれ、どんな呼吸法?」
しまった、間違えてしまった。無の境地に行き切って変な呼吸になってた。ごめんよ。
腕枕にはもう一つだけ、大切なポイントがあった。それはいちばん大事な「安心感」だった。私は確かに色を消すことに成功した。でも12秒で息を吸い30秒間吐き続けるという狂気を犯してしまった。それは誰も安心させない。
“それからというもの私達は2人で無になる呼吸法でキャッキャするようになった”というオチなどなく、ちゃんとしっかり怒られた。「あたしが落ち着きたいのにあんたが落ち着いてどうすんの」って怒られた。本当にごめんねと思った。モテる男への道は長い。