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「失礼なことを言われたときに怒るか怒らないか」
ひと月前、初対面の男女数人でカフェでお茶をする機会があった。それは昔でいうオフ会みたいなもので、zoomでのやりとりは何度かあったが直接会うのは初めてだった。
場所は某スタバよりも2ランクくらいカジュアルなチェーン店のカフェだった。開催エリアは私の家の近くだったので、気負わずにかつ周りの声が気にならないカフェを私が選んだ。
集まったのは女性3人と男性2人。みんな予定時間ちょうどに到着し席につき、共通の趣味の話をスタートすると思った矢先に、とある女性が口をひらいた。
「というか、あおさんおしゃれですね」
私はわりと服装に気を使っているので、たまに社交辞令で褒めてもらうことが多い。なんというかまぁ、今日はいい天気ですねみたいな他愛のない挨拶のようなものだ。すると一人の男性がこう被せてきた。
「うん、なんか色々こだわってそうですよね。だってあおさんが選んだ場所『カフェ』ですしね。俺一回もカフェとか来たことないですよ。指輪も2つ付けてるしなんか洒落てますよね」
他のメンバーが、いやこのカフェはかなり入りやすいチェーン店ですよ、だとか、ランチ終わりの時間に会うならカフェが普通ですよ、などとフォローしてくれたけれど、彼はなにかいい足りないみたいだった。
ああ、と私は思った。案の定彼が続ける。
「いや、洒落てますよ。なんか家でバルサミコ酢とかパルメザンチーズとか使った洒落た料理作ってそう」
ああ、とやはり私は思った。ああ、これめんどくさいやつだ。
実際に私や他のメンバーがやんわりフォローという名の「あなた今とても失礼なことをいっていますよ」のサインを送っても彼は気づいていない様子だった。
私より何歳も年上の40歳手前の彼に、たぶん悪意はほぼなかった。彼は本当にカフェに来たことがないようだったし(そんな人いるんだとびっくりした)、少しの悪意と年下という侮りはあったのかもしれないが、主成分は単純に場を和ませたいという気持ちなのだと思った。
けれど、人生で稀に決まって男の人からされるこの手の雑な扱いは単純に面倒くさかった。
男のくせにカフェに行くこと。男のくせにガヤガヤした居酒屋より落ち着いたお店が好きなこと。男のくせにビールではなく白ワインが好きなこと。男のくせに口調が柔らかいこと。一人称が「僕」であること。その、「〜のくせに」からスタートされる会話が昔も今も変わらずあって、これから先もあるのだろうと思う。
もし私が彼の真似をしてただのイメージだけで「AさんはTPOに関係なく安い居酒屋に行きそうだし、自分のことコミュニケーション上手とか思ってそうですよね」と言ったら絶対に雰囲気が悪くなると分かっていたので、早々に話を切り上げて半ば強引に共通の趣味の話にかじを切った。
ーーけれど今、私はその時の出来事をここに書いている。未だにちょっと引きずっているのだ。
性格上、嫌なことがあったときにだんまりを決め込んだ出来事はすごく尾を引く。自分の気持ちをその場でどんな形であれ少しでも表明したら解消できるのだけれど、このときはしなかった。
「そんなこと気にしなければいいのに」とあなたは思うかもしれない。
ただ思うに、人の「気にしない」は大抵の場合、意識的ではなくオートマチックになされている。その人にとって大したことでないものは「気にしない」ができるけれど、大したことは難しいのだ。たとえばあなたが今一番悩んでいることを「気にしなければいいのだよ」と言われたとして、あなたは気にしないができるだろうか。
意識的に別のことをして気を紛らわせることはできるかもしれない。それが救ってくれることもある。とはいえ、「気を紛らわせる」と「気にしない」の間には思ったよりも大きな溝が存在する。
「気にしない」という言葉は、「正論」と同じくらい、使いかたに注意が必要だ。そうしないと多くの場合、相手の足腰にヒビを入れてしまう。
ーー私はこのエッセイで当時の感情や考えを吐露し、なんとか自分自身の感情にケリを付けられるだろう。けれど、この記事を読み返してこうも思った。
このエッセイの著者、なんか色々こだわってそうだな。