理解は出来ないが、受け容れる。
集合場所にやってきた私を見て、初対面の女の子がとすんと尻もちをついたのでびっくりした。比喩ではなくて物理的にしりもちをついた。えっ、どういうこと? この人は男性恐怖症なのかな。今日の会を開いてくれた友人の女性は私が来ることを伝えていなかったのかな。
などと刹那のあわわをしていたら、同じく待ち合わせ場所にいた、主催者の女友達が、「大丈夫、おあくんだから尻もちをついたんじゃないよ。Aちゃんは誰であってもこうなるの。こういう人なの」と言ったものだからうっとりした。
なんかね、事の経緯は、私がいつも仲良くしている女友達が、そのAちゃんと私を引き合わせたかったらしい。紹介ではなく、「わたしはあおくんといるとき楽しい。Aちゃんといるときも楽しい。だから3人揃えば最強」という理屈だったようで、その日初めて3人で会うことになっていたのだ。
目の前でしりもちを付かれる経験なんて人生で1回あるかないかだし、初対面だしとても驚いたけれど、女友達がさらっと「Aちゃんはそういう人」と言ったことにくらくらした。今まで気づいていなかった女友達の、寛容さを通り越した世界への無自覚な信頼の幅の広さにうっとりしたのだ。
もし逆の立場だったら、私は女友達に「今から会うAちゃんは初対面でしりもちをつくかもしれないからびっくりすると思うけど、できたら気にしないであげて欲しい」と先回りフォローしてしまうと思う。けれど、女友達は自他共にナチュラルな受容度の設定が高いのだ。すごいなぁ、僕が感じてたよりずっと開かれた人だったんだなぁ。
ーーそれで3人で少し歩いて、商業ビルの外れにある、死角のような穴場の小さな喫茶店に入ってご飯を食べた。席についていざ話してみると、どうやら本当に男性恐怖症ではないようで、結構楽しく話してくれた。よかった。この女の子はただしりもちをつくのが恒例なだけなんだな。
とはいえ言うても初対面だし、ちょっとした緊張感はあるかもしれない。一旦席を外して2人でリラックスしてもらおうと考え男女兼用のお手洗いに行くことにした。トイレの化粧台付近で、2人への気遣いのための紳士的お手洗行きを自然と決行できた自分を自画自賛し、化粧室から出るためドアを開けた。
とすん、と突然音がして、ドアの前にいたAちゃんが尻もちをついた。えっ、トイレ前で待ってたの?
Aちゃんが「ごめんなさい」と言い、私は「全然。大丈夫? 先に戻っておきますね」と言ってテーブルに戻った。そうして席について女友達に2人の時間を設けるために席を離れたことを伝えると彼女は笑って「あおくんが席を離れた直後にAちゃんもトイレに向かったよ」と言った。
「面白い人だね」と私が言うと、「そうなの」と笑った。
「まさかドアの前に居るとは」と笑うと、「しりもちついてたでしょう」と笑った。そして「そういう人なの」と続けた。
ーー初対面の誰かにしりもちをつかれる。しかも、男性である私が基本的に強者側になってしまう女の子にしりもちをつかれると、多分すごくショックだし申し訳なくなると思う。怖がらせてごめんよって思うだろう。
でも、今回は2人して、そしてお手洗いから戻ってきたAちゃんと3人して笑えた。それはAちゃんの人柄もあったのだろうけれど、女友達の、世界への含みのない信頼が大きかった気がする。「Aちゃんはこういう人なの」とフラットな声色でさらっと言ってのけた女友達は、男女ともにたくさんの友人がいるらしい。
その理由がとすんと腑に落ちた午後だった。世界は今日も平和だった。