邪道作家三巻 聖者の愛を売り捌け 分割版その4
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作家には自信が必要だ。
己の作品に対する確固たる自信、誇り、そう言ったモノがなければ作家とは呼べまい。売れて天狗になれってわけじゃない。
己の魂を切り売りし、表現し。個人の限界を追求するのが作家だとすれば、それそのものに自信を持てなくて、何に自信を持つのかという話だ。 傲慢くらいがちょうど良い。
そうでなければ、面白い作品など書けまい。
だから私は作品に大して絶対の自信を持っている。見る目がある奴ならば評価して当然、編集者は見る目がある人間なら私を立て、作品を涙を流しながら売れ、私という鬼才に会えたことを光栄に思いむせび泣け。読者は見る目があるのなら感謝感涙、短い一生で私の作品を読めたことを誇りに思って死ね、位には自信がある。
作品とは己の誇りであり、白紙の世界に対する一枚の地図であるべきだ・・・・・・そこへいくと今回の「聖人の遺体」はオアシスか、あるいはゴールの書かれている地図だろう。
作家である私からすれば、聖人の遺体も神の教えが書かれた聖書すら、商売敵だ。
とはいえ、敵から学ぶのも人間だ。
これはそう言う物語、であると願いたい。
願わくば、だが。
「この傷はお前のせいだな。やれやれ、さっさとお前達が逃げ延びて、聖人などと言う妄言から脱却できていなければ、私はこんな怪我をせずにすんだのだが」
そんな恩着せがましい台詞から、私は聖人候補の修道女に文句を付けるのだった。
荒野には地図が必要だ。だが、聖人と言う奴は己で書いた地図ではない。そんなモノが現実に力を持ち、己で書いた地図よりも「実利」があるのだとすれば、ささくれた気分になるのも当然だという気はした。
全く、力があれば何でも正当化される。
嫌な時代だ。あるいは、人間の本質がそうなのかもしれないが。我々作家が、人生を賭して書き上げた傑作よりも、大昔のいるのかどうかもわからない、誰が書いたかも分からない聖書が重宝がられるというのは、皮肉な話だ。
その聖書を指針に生き、自分の地図を必要としない人間達が、私よりも儲けているのだから、尚更そう感じられた。
シャルロット・キングホーンという名前の女、その女は全てが平等であるという確信を、口に出さずとも、神に全てを捧げた修道女の儚い姿で、演出するのだった。
「それは・・・・・・失礼しました。しかし、ご用は何でしょうか? 貴方がただ文句を言うためだけにこの教会へ訪れるとは、考えにくいのですが」
「ああ、そうだな。貴様等の「神」とやらに関して、聞きたいことと言いたいことが、あったものでな」
「言いたいこと?」
彼女ははて、と首を傾げ、心当たりはないかのように振る舞った。
だがそんな訳が無い。
この女は神にすがり、男を捨てるくらいには信心深いが、愚かで考えなしではない。
だから真実を理解している可能性はある。
無論、論理的な真実など、人によって変わりはするが、「誤魔化しようのない真実」は神にだって誤魔化されはしない。
だからこそ、神の教えは世界に広まったのだろうからな。
「私からすれば人を救うなんてことは自己満足の偽善でしかない。ああ、とはいえ、寄付を繰り返して人を助けるのは楽しいぞ? その辺の「聖人」とやらより私の「金の力」の方が人を救っているのかと思うと、あの世があるとして、そこに聖人がいるとしても、そいつらは私に頭が上がらないだろうからな」
「隣人を愛せよ、というのは徳を貯めろと言うことではなく、そうあることそのものが美しい人の在り方だと、神は教えているのですよ」
「なら、これでどうだ?」
私は札束を取り出し(現代では違法だ)それを牧師が立ち聖書を読むであろう台の上に、乱暴に置いた。
「そら、金だ。くれてやるさ・・・・・・お前の祈りよりも私の金が、多くの信者を救うという事実を、噛みしめながらこれから先、祈れ」
「あのですね、私は」
「だが、これで人が救えるのは曲げようのない事実だろう?」
「それは・・・・・・」
悔しそうに、まぁ当然ではあるが、この事実の前に彼女は話しあぐねているようだった。
「お前のような人間を見ていると、いつも思うことがある」
「それは、なんですか?」
「その在り方は崇高だろう。気高く、そして真実を求め続ける人間の意志は、確かに正しく、美しい。この私をしてそう思う。だが、私は誉められたいわけでも、おまえ達みたいに気高い在り方であり続けることに興味はないんだ。ただ、私は幸福が欲しい。豊かさが必要だ。手段は問わない。それは「悪」なのか? だとすれば、一体、どうやって幸福になれるというんだ?」
「確かに、所謂「聖人」という生き方はその極みです。目先よりも正しい在り方を尊重している。ですが、それだけではありませんよ」
どういうことだろう。
他になにがあるというのか。
「幸福とは、心が満たされることです。貴方の幸福がどういう形かは存じ上げませんが、しかし、幸福とは愛と同じく培うもの。求めることは悪ではありませんが、あなたは急ぎすぎる」
「私は、死ぬ寸前になって「幸福」とやらを手に入れて、それで満足しろと言われるのはまっぴらなだけだ。「幸福は手に入らなかったけれど、君の在り方は崇高だったよ」なんて、誉められたところで嬉しくもない。何度も言うが、私は」
「ええ、自信の幸福のために生きている。それが人間と言うものです」
偶数崇拝の為とはいえ、この教会にはそれなりの神々しさがあった。そして装飾も、それに必要な聖女のような女もいる。
だが、私はそんなモノ欲しくない。
私は小綺麗な理想などまっぴら御免だ。
「人間は試練で魂を輝かせるのかもしれない。だが人間は魂を輝かせるために生きているわけじゃない」
私は作物ではないのだ。神の都合で「立派な魂」を得るためだけに生きているわけではない。 作家というのは物語を通じて、読者の精神や考え方、意志の力を成長させる手助けをすることが本分だ。しかし、だからといって、私は読者の人生のために自分を犠牲にするつもりは毛頭無い。 それと同じだ。
神も、物語も、結末は同じ。
「それも人を思えばこそです。神は全能ですが、人間を直接助けることは出来ません」
「何故だ?」
神がいるとして、真に全能ならば、全てを救ってしかるべき。そうではないか?
「いえ、神はいます、我々を見守ってくれてもいます。ですが、それとこれとは別です。全てを手助けしていては、人の子に成長はないでしょう」「その「成長」とやらのために、何人死んだのかな」
「確かに、この世界は理不尽です。ですが、神は見ておられます」
見ているから何だというのか。
見物するだけならば誰にでも出来る。
「いえ、だから神はあくまでも「手助けをするだけ」なのです。この世に生きるという業は、我々自らが克服しなければなれない「試練」です。ですがそれを乗り越えれば天国へ誘われます」
「天国など、どこにある? あるのかどうかも分からないモノのために、この世の不条理を受け入れろとでも?」
彼女が水をコップに入れる姿を見て、私は世界の水資源問題について思い出した。世界資源の90パーセントを超える「水」これを支配する政府が、そのインフラを支配するモノが世界を支配するようになった現代では、公共の水資源は教会くらいにしか存在しない。
人間はどこにでもある水ですら、奪い合う。
水のインフラを支配することで、他国を間接的に支配することが政治の定石となった。これも我々に対する「神の試練」か?
だとすれば、何人死ぬのだろう。
私は善人ではないので何人死のうとどうでもいいが、しかしそこまででなくとも、この世には理不尽な試練が存在する。
「シェイクスピアという大昔の人間は、人生は舞台であると述べています」
「我が生涯が神の手によって紡がれた物語だとすれば、非道い駄作もあったものだ。何せ、読んで得られるモノと言えば、「この世界はどうしようもなく不条理で、希望はすべて幻想だと歌うだけの物語なのだからな」
「ええ、ですが、そんな喜劇にも救いはあります。貴方の物語だって、救いが一切無くても、そこに希望はあるでしょう?」
「物語の登場人物など、すべて偽物だ。騙されるな間抜けが。だが、物語の登場人物達は希望を見せるのではなく、「希望を体現する姿」を魅せるのだ。ああありたいと願う思い、それこそが人間が、いや、読者ならば誰でも抱く、物語への感想と言うものだ・・・・・・しかし、いいか、断言しておく。彼らは空想であり、実在はしない。タダの妄想と切って捨てればそれで終わりだ。だがな、
他でもないこの私が彼らを認める。価値があり意味があると断言する。彼らの生き様、彼らの願い、彼らの思惑、彼らの思想、その全てが輝ける光だ。私が言うのだ間違いない。
非人間ですらこの回答を出せるのだ。誰がなんと言おうが彼らには価値があり意味がある。作家である私が断言する。物語の登場人物達は無ではないのだ。確固たる・・・・・・人間の姿だ。だから私は彼らにこう言おう。安心しろ物語共。他の誰が見捨てようが、作品の神であるこの私が愛でてやる、とな」
彼女は、少し押し黙った。
話がそれたか。
しかしそんな奇妙なモノを見る目で顔を見られると、不愉快至極だ。
「神も似たような気分ではないでしょうか。我々に神の意志は推し量れませんが、我々の苦悩には意味があり、価値があると考えるからこそ、我々は日進月歩し、技術を進め、あなたの物語だって、苦悩に満ちた生涯だからこそ傑作が書けるのではないですか?」
不愉快な話を聞いている。
だから私はこう答えた。
「挫折と苦悩に満ちた生涯など、煮ても焼いても食えはしないさ」
実際、たまったものではない。
私は作家になることを夢見ていたのではないのだ。あくまでも、それは生き方として、選択肢がなかっただけだ。だから作家は、物語を書くことは、私の幸福と関係がない。
私は答えが欲しいのだ。
倫理的にではなく「事実」として、生き方の方針が知りたい。それを知って「幸福」を手にし、平穏な生活を満喫したい。
私の願いなど、ささやかなものだ。
「私は醜いアヒルなのか? 美しい白鳥なのか? その答えは神には分かるかもしれない。だが私には分からない。だから人間は答えを求めて旅をするのかもな」
大して気にしてもいないくせに、私の口はそう言った。無論、その他大勢の批評などどうでも良いことこの上ない
だが、私の運命に待ち受ける結末が、どこに行きつくのか?
「結局、人間の執念は無駄なのか? それとも、人間の意志は奇跡を起こせる程なのか? その答えは誰にも分からない。そう、全能の神を除いてな。その答えを知っているのであれば、あるいは「報われる」という答えを知っていれば、余裕を持って見物も出来るだろう。だが人生はそうではあるまい。結局報われないことの方が多い上、その結末は分からない」
「それは当然です。それが「生きる」と言うことですから」
「だが、人間の意志や執念が奇跡を起こさず、無駄に終わるというのが世界の真理なら、意志や執念の末、なにもかも無駄に終わる人間は、とてもじゃないが納得行くまい。この世の不条理に対して人間はそういう答えを出しつつある。おまえ達のそれは理想論だ。現実には、祈りも思いも届かない。何の奇跡もありはしない」
「生きると言うことは、不条理を傍らに置くと言うことです。その中で、尊い人間の意志が魅せる光こそ、主に与えられた人間の素晴らしさではありませんか」
「素晴らしいかもしれないが、実践する方からすればたまったものではない話だな。それは人事だからこそ、出る意見に過ぎないのだ」
不条理の中に輝く人間の意志。
物語で愛されるキーワードだ。
彼女は続けてこう言った。
「人間の心は、慈しむことで光るものです。あなたにだって」
「私にはそんなモノは、無かったさ」
こんな修道女に言ったところで、何が変わるわけでもないのだが、良いように言われるのは我慢なるまい。
だから言った。
人間の在り方を。
「それこそが人間にとって当たり前の幸福だというならば、私によこせ。それが手に入らぬと言うならばそれこそ嘘ではないか。私は人間が持つあらゆるモノを剥奪されて生きてきた。この様で「人生」などと笑わせる。神がいるとして、因果に応報があるならば、私は貴様から取り立てる権利がある。今までの借りは返して貰う。人と人との繋がりがあるとして、それが人間の求めるべき道だとしても、私は神を許さない。許されたければ金を払え。人と人との繋がりなど、もう私には感じることすらないのだからな。
幸福以前の問題だ。愛だの、恋だの、金よりも大切なモノがあるだのと抜かすのならば、まずは私に人並みの幸福をよこせ。それは出来なかったくせに、言い訳がましく「金よりも大切なモノがあるのだよ」などと、妄言も良いところだ。
ならばこそ・・・・・・豊かさを手に入れなければ嘘になる。輝きを失うだろう。私はそれらしい偽善者の神が述べる、人間の真の幸福に弾き出された化け物なのだからな
いままで、私に押しつけてきた非人間の在り方に対して、金を払え。人を神が作ったというならば、神の手違いは神の責任に他ならない。
それが出来ぬ神など、信じるに値しない」
まぁ要約してしまえば無い物ねだりも良いところだ。私に心がないからと言って、それは慎重が低い人間が文句を言うのとなんら、変わりない。 だが文句を言うだけならば金はかからない。
だから続けてこう言った。
「納得すること、それは確かに崇高だろう。だがあらゆる情を奪われた人間が、納得などあるはずがあるまい。神がいるとすれば、私の存在そのものが、間違いなく神の間違いを指摘できる。私は自分を間違っているなんて思ってはいないが、私の人生に「屈辱」と「苦悩」を与えたのは間違いなく事実だ。作り間違えたというのなら、それに見合った金を払って謝罪しろ。それが私の「全知全能の神」に対する答えだよ」
「そんな、神は間違えたりはしません」
「そんな訳がないだろう。全知全能とて、真に何もかもを手玉に取ったところで、見方を変えれば何者でも悪になる。神は完全な善性をもつのかもしれない。だが「持たざる者」からすればそんなモノはただの暴力だ。持つ者の傲慢で、邪悪でしかないのさ」
神がどういう人格者かは知らない。
だが、そういう存在が「絶対的に正しい」などあり得ないのだ。そんなものは神でもなければ天使でもない。ただ権力者が暴論を無理矢理通しているのと変わらない。
神に裁かれる悪がいるとすれば、間違いなくその神に、不平不満を抱き、そして彼らから見れば「高い能力を持って自分たちを弾圧する存在」でしかないのだからな。
彼女は水の入ったコップを置き、振り返って私を見た。
美しい、のだろう。
理解は出来ても、感じることはままならない。 それが神の「正しさ」ならば、やはり私のような人間からすれば、持つ存在の傲慢だ。
私は結論を口にした。
「作家である私にとって、作品は魂の分身だ。それが受け入れられない世界なら、神が存在しようがしまいが、あの世があって、天国があるとしても、私に居場所なんて無いんだよ。どこにも。私の作品がこの世界に。この人間社会に生きる人間達が「認めない」ならば、それは私という人間の在り方は、誰にも必要とされず、最初からいらなかったものだと証明するようなものだからな
私の道は間違っていたのか?
この道に間違いはなかったのか?
それを証明するのが、作家にとっての作品だ」 お笑い草だが。
実際、認められなければ只のゴミだ。
世の中とは、結局の所彼女の言う正しさ、人間的な美しさというモノよりも、実質的にどうなるのか? それを必要とする。
良い悪いではなく、必要なのだ。
金も、豊かさも、権力も、なければ生きる上で足かせになり、滞る。有りすぎても欲に狂い、溺れてしまうものだがしかし、無くても良いわけではないのだ。
それを察したのかは知らないが、彼女はふと気がついたように、その疑問を口にした。
ある意味当然の内容だった。
「・・・・・・そんな貴方が、何故私たちを助けようとするのですか? 貴方は、神を信じていない。どころか人間の在り方も、その報いも、運命すら疑って生きている。そんな人間が、何故私たちに手を貸すのです?」
まぁ当然の疑問だった。
金を請求していない以上、反応としては至極まっとうなものだ。
そう思う。
「物語には悲劇が必要だ。悲劇があればこそ読者共は同情し、涙して、傑作だとわめき立てる。だが真に作家が望むのはいつだって、つまらないハッピーエンドなのさ。幸福な結末を望み、現実と理不尽を考え、それでも何か方法はないのかと執筆し続けること、それが作家だ。悲劇は傑作を産み、幸福な結末は駄作となる。それでも、その幸福を求めようとする心が無い内は、作家としては三流も良いところだ。まぁ往々にしてそう言う作家の方が私などより、売り上げは高いものだが」「私たちの「悲劇」も、同じだと?」
「そう言うことだ。悲劇ばかり作っていては、ウケが悪いものでな。人間は現実的な恐怖、悲劇、それを受け入れるよりも、主人公が運良く、物語の補正を受けて勝ち、それでいて爽快な物語に自己投影して愉悦を得るのが、何十万年も前からの変わらない本能だからな」
私から言わせればああいう物語など、戯れ言も良いところだ。運良く必要なモノを手に入れ、友情だとか愛情だとかで打ち勝ち、都合良く助けが来て、それでいて勝利する。
夢が見ていたいなら枕でも買っていろ。
馬鹿馬鹿しい。
「神の愛は存在します。私たちに貴方という人間が助けに来たように、貴方もきっと、救いがあるでしょう」
その言葉に説得力はなかった。
それが作家という「業」だからだ。
「素晴らしいモノがすべからく地獄から産まれるならば、私は幸福でない限り「傑作」を書けるのだろう。だがどうだ? その理屈で行くと、私は作家たらんとする限り幸福にはなれない。神の愛があったとして、その愛が人間を幸福にするモノだとしても、作家という生き物には無意味だ」
「貴方には」
そう言って、何かを決意したように、強い目をして女は言った。
「世界がどう見えているのですか?」
質問はつまらなかったが。
私は丁寧に答えてやった。金を払って欲しいくらいだった。
「幸福も不幸も、この世の全てを傍観せざるを得ない・・・・・・傍観者という名前の化け物だ。だからこそ、読者共は全て同じに見える、それが人間であろうと神であろうと、怪物だろうと極悪非道な為政者であろうとな。等しく「個性」わたしにとってはどいつもこいつも、我の強い連中でしかないのだ。それは神とて同じことだ」
なべてこの世はことも無し
私には世界など、あってもなくても同じことだ・・・・・・全て物語の種でしかない。問題はそれで私自身が「満足」して「幸福」になれるかだが。
とここまで話がそれてしまった。
聖人の遺体になるなどと、そのばかげた考えの方を、私の人生観よりも先に、少なくとも金が出ている以上、仕事として解決せねばなるまい。
「理解しているのか? 聖人の遺体を利用した領土拡大計画・・・・・・遺体に対する法的な扱いは、どこでもそうだが、国民は国家の管理下に置かれるべきであり、国民登録がある以上、その遺体の保有権利は属する国家のモノだという考えが存在する。建前だ。要は連中は、「聖人の遺体」というシンボルを利用して、実質的な支配領土を広げたいだけだ」
「知っています」
「それも神の愛のためか?」
だとすれば下らない。
神のために自分を捨てるなど、ばかげているのも程がある。
だが、彼女はこう言った。
「私の在り方が、ほかの信者を導ければそれで良いのです。この身はもとより修道女。救いを求めるモノのためにあります」
頑なな女だ。
誰かのためなど、笑わせる。
「くだらん! 誰が頼んだ」
いいえ、と首を振って、彼女は言った。
「私が、他ならぬこの私がその道を選んだのです・・・・・・そこに後悔はありません」
一見美しい言葉に聞こえるが、そうでないのは明らかだ。
「なら、両立すれば良いだろう。とりあえず人間として欲深く生きてから、聖人になることを火難が得ればいい」
「いえ、私は可能性とはいえ、聖人になることを期待される身です。そんなことは許されません」 結局はこの女、自信への期待の高さから、思考回路に制限をかけているのだ。
だから、聖人らしくあれ聖人らしくあれ聖人らしくあれ、と、その考えに囚われるあまり、それ以外の道を選ぼうともしない。
私と違って、選べるくせに。
自ら道を、閉ざしている。
忌々しい女だ。いっそ斬って捨ててしまおうかと思うくらいだったが、そうも行くまい。
やれやれ、参った。
この私が、少年少女の恋愛ごとで悩む日が来ようとはな。
「なら、あの青年は救われなくても良いのか?」「それは、しかしですね」
「お前のそれは、最大多数の最大幸福・・・・・・俯瞰でしか物事を見ておらず、目の前を見ていないだけだ。男一人堂々と付き合えない女が、聖人などと笑わせる」
「そ、それは関係ないでしょう! 私は、ただ」「義務を果たそうとしている? ふん、だがその義務は貴様が考え出したものではあるまい。聖人という制度そのものが、大昔の人間が勝手に決めた制度なのだからな。それになることが素晴らしいと思うのは、昔の人間がそう思って伝えたからに過ぎない。実際、聖人として生きて生活したわけでもないのに、「聖人らしさ」を凡百の信徒が考えたというのだから、笑わせる」
「何ですって!」
珍しく怒りがその顔には浮き出ていた。
名誉なのだろう。
栄光なのかもしれない。
それが正しい道なのだろう。
しかし、だからといって、恋愛を禁止する理由にはなるまい。
「聖人が個人を恋してはいけないと、誰が決めたというのだ。それは勝手なおまえ達のイメージだろうが」
「た、確かにそうですが、しかしですね」
「なら、聖人になる道を目指しつつ、恋愛を楽しめばよいだろう。その程度が出来ないならば、聖人になるなどやめておけ。どうせ大した奇跡は起こせそうもないしな」
「・・・・・・聖人は清いものでなければなりません。人間の欲に身を任せ、それでいて聖人になるなどというのは、許されないことではありませんか」「誰が許さないのかと言えば、お前立ち居の風潮が許さないだけだろう。そんなもの無視しろ」
「そんな滅茶苦茶な」
包帯を巻かれ、ある程度の治療が終わった。私は傷の調子を見ながら「またここに来る」と言って、身支度を整えて帰ろうとした。
「ま、待ってください。まだ話は」
「それこそあの腐った目をした青年の役目だろう。私は頼まれただけだ」
「だ、誰にですか」
「それは言えない。依頼主に関しては口が堅い方なのでな」
などと、適当なことを言って私は話を終わらせることにした。
私の目的はあくまで「人間の恋愛を作品に活かすこと」ただのそれだけだ。
目的を見失わない内に、アイデアでもまとめておこう。
女は祈りを捧げていた。私の無事でも祈っているのかは知らないが、金はかからない。遠慮なくその恩恵を受け取れれば良いのだが。
外にいた青年は、その祈りをあざ笑うかのような深く泥のような、絶望の目をしていたが。
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私は人間の肉を斬るときのようにステーキを切り刻み口に入れ、首を切り落とすときのようにフルーツをカットし、血を啜るように香りの良いワインを口に含んで、目玉を抉るように目玉焼きを抉り、人間を処理出来るほど濃い色のコールタールのようなコーヒーを飲み干した。
目の前の肉をみる。
その肉はまず、腐った目をしていた。この世のあらゆる理不尽をどろどろになるまで煮詰めたような、そんな目だ。人間の汚いところはあらかた見て、綺麗に装っている部分も、全て知り尽くしましたと語っていた。
まぁだから何だという話だが。
汚らしい目玉を除けば普通の肉だ。いっそ目玉を潰してから会話を進めようかと思ったが、そうも行かないだろう。
二重の依頼は受けていないが、金を払う可能性のある人間の一人ではある。無論、それほど持っているようには見えないが。
青年は名を名乗らなかった。
まぁ当然の危機回避能力だ。私に名乗っていつのまにか戸籍が売り払われていました。などという事態は避けたいのだろう。そんな警戒心を感じるのだった。
周りの人間を破滅させて生き残るタイプだ、と直感的に感じ取った。なぜ分かるのかと言えば、私は意識的にそれを行い、利益を得ようとする、非人間的な作家という職業だからだ。作家なんて大体そんな性格だ。
無意識下で人を破滅させてしまうことを自覚してうじうじ引きこもっているタイプとも取れるが・・・・・・まぁ人間性などささいなことだ。作家の言葉とは思えないが、仕方あるまい。
善人はつまらない。
小物には興味がない。
悪人は面白い。
私が世界に対して思える感想はそんなものだ。「あなたは、生きていて楽しいですか?」
ふと、そんな質問を青年はするのだった。
「ああ、面白いね。世界は、最高に面白い」
そんな、心にも無い、と思える台詞を、特に何の罪悪感もなく堂々と言った。世界が面白いかどうかなど、その時の気分次第だ。恒常的に面白い世界など狂っているとしか思えないが、狂っていないと私は断言できない人間なので、それもまた私にとって都合が良ければ、ありだろう気もしたのだった。
その青年は例の聖女の番だ。
つまりこいつがヘタれて、押し倒すのを躊躇しているからこそ、私はこんな面倒なことをしているということである。しかし同時に、気にもなる・・・・・・元々、それが原因で引き受けたのだ。
作品のネタなしでは帰れまい。
「お前はあの女を愛しているのか?」
「そんな、愛だとか、大げさですよ。只の友達ですから」
「友達では、愛してはいけないのか?」
「それは・・・・・・」
答えあぐねているようだった。面倒な奴だ。
友達県兼、愛人でよいではないか。
「さっさと押し倒せばよいだろう。何を躊躇しているんだ」
「あなたに、何が分かるんですか?」
知るか。
私は仕事で、いや、そもそもだ。
言われてみれば、確かに、この少年少女の下らない恋心、あるいは「愛」とやらを作品に活かせなければ、くたびれ儲けも良いところだ。
話を聞いてみよう。
我々二人はレストランにいた。おしゃれで、まぁそこそこ値の張るところだ。田舎惑星になぜこんなモノがあるのかと言えば、司祭様をもてなす為以外には、あまり理由はないのだろうが。
私はワインをグラスで遊びながら、
「いや、知らないな」
と答えた。
事情を知らない割に態度がデカい気もするが、金を貰ったわけでもないのに、この青年にあれこれ気を回す必要もあるまい。
「帰ります」
「なら、まずは料金を支払って貰おうか。それとそうだな、友達だと言うことは、別に、あの女が他の誰かにモノにされても良いんだな?」
いきなり帰られそうになったので、とりあえず引き留めることにした。女に気があるのは明らかなので、軽い挑発だ。
向こうはそうは受け取らなかったが。
女の危険をチラツかせた瞬間、「この人間を始末してしまおうか?」といった考えを思わせる、暗く汚い目玉を向けられた。目玉を消毒した方が良いんじゃないのか、この男。
ゆっくりと座り、そして、
「友達ですから。手を出す奴には容赦しませんよ・・・・・・それがなんであれ、ね」
「そういうのを、「自分の女」と言うのではないのか? 婚姻届さえだしていなければ、「友達」だとか言って、他の女にも手を出しそうだな、お前は」
猛烈に憤っているのか、顔を赤くしながら抗議の目を向け、「いえ、ぼくは純情派でしてね。手を繋ぐのも緊張しますよ」などと、恐らくは適当な返事を返すのだった。
話が進まない。
お互い、嘘ばかり並べ立てているのだから、ある意味当然ではあるのだが。
「あくまで「友情」だと言うならば、お前にあれこれ言う資格はないだろう。この後、例えばその辺の男に口説き落とされ、押し倒されて、「実は来月結婚する」と言われても、関係あるまい」
相手への嫌がらせ、違った。効果的に情報を引き出す手法としては、「相手が最も望まない未来予想図」を明確にイメージさせることだ。私も考えがあってやるわけではなく、暇つぶしにその辺りの人間の人生を破滅させて遊ぶときに、たまに使う程度だが。
実際、面白くはある。
我々を見守る神とかいう全能者も、こんな気分なのかもしれない。
「いえ、それは相手がふさわしい人間なら、応援させて貰いますよ」
「関係ないな、それすらも当人が決めることだ。お前には何の関係もないし、そんな意見を述べる関係性はあるまい。ただの身勝手だ」
「かもしれません、ですが」
面倒な奴だ。
友達、というキーワードがなければ付き合えないのだろうか・・・・・・言い訳がましい残念な青年だと思った。
「お前の言い訳などどうでも良い。問題はおまえ達を素直にさせてくっつけろというヤジが飛んでいて、それで私に仕事がきたという事実だ。それに、このままなら、あの女は篭の鳥だぞ」
少し黙って、青年は言った。
「それで貴方に何の特が?」
「損得でしか物事を計れないのか。浅ましい男だな。頭の中は金、拝金主義者のなれの果てか・・・・・・・・・・・・無論、愛と正義のために決まっているじゃないか。少年少女の恋愛が邪魔されるなど、あってはならない外道だからな」
我ながら口が回る。
作品のためだ。それ以外には無い。
まぁ、面白いしな。
「そんな顔で見るな。無論、物語の為だ。面白い物語よりも、愛だの恋だのの方が金になる。悲劇も良いんだが、人間って奴は下らない恋愛小説の方が、アホ面さらして高い金額で買ってくれるモノなのさ。内容は実在しない登場人物が織りなすフィクションでしかないのにな」
「それを理解するために?」
「当然だ。金にならない作品など、書いていられるか」
厳密にはそのヒントを得るためだ。
浅い内容で高く売れる。恋愛や愛という、楽な商売に私も参入したいからな。
紙面の愛情なんて、そんなものだ。
愛情など、良く知らないが。
しかし、私は「感じ取れない」のであって「理解」して「表現」する事に関しては、愛に囚われている人間よりも、本物以上に仕立て上げることが可能だ。それでこその作家だ。
そして愛は金になる。
少なくとも売り物とするならば・・・・・・だが。現実には、生涯になるように見えてならない。彼らは愛情のために目先を見失い、無くなったら絶望して死んだりするし、正直、そんなものが人生において良く働くものなのか?
気になったので聞くことにした。
「お前は、あの女を愛してはいないと答えたな。しかし友なら友で、友を愛する気持ちはあるはずだろう。おまえ達は何故、愛だの何だのと言った目に見えもしないあやふやなモノに、人生を委ねられる?」
「友情ですからね。でも、まぁ・・・・・・となりにいて楽しいから、とかそういう、それこそ形のない理由だと、ぼくは思いますが」
「形のない、ね」
なら何故、拘るのか。
形が無いというならば、自信の形のないモノに対しての気持ちなど、誤魔化す意味もないのではないだろうか。
だが、それでも自分の気持ちに対して、少なくともこの青年は「決着」を求めているのだとすれば、私の世界には無いのかもしれないが、彼らの世界にとっては「実在する真実」と言うことだ。 人間の世界は認識の世界だ。
個々人の認識が世界を決める。
いや、決める云々というよりは、自信にとって都合の良い形で世界を見るのだ。そういう意味では「事実」のみを頑なに追い求め、見続けて、事実そのものを自身にとって住みやすいように変えようとする私の試みは、横着している気がしなくもない。
「形がないなら隠す必要も、無理に友達でいる必要もあるまい」
「いや、だからそういうのでは」
「自分のような人間では相応しくないだとか、自分のような罪悪を極めた人間では幸せになる資格がないだとか、相手の気持ちを言い訳にして相手の気持ちもあるから一概には言えないだとか、あるいはそんな自分に嫌気がさして、うじうじ悩んでいるのだろう」
「まさか」
反応からして図星のようだった。
まぁ、私が勝手に決めつけているのかもしれないが、そんなことはどうでも良い。間違っていたところで私には何のリスクもないのだから。
と、そこまで話をしたところで、かれの携帯端末(大昔の古い奴だ。電脳世界に接続できるとは思えない)から、着信が鳴った。今時珍しいと言えば珍しい。たいていの人間は脳内にバイオチップを埋め込み、それで全ての雑務をAIにお任せしているのだから、こいつのような石器人類は珍しい方だろう。
私は携帯端末を最新型で持ってはいるが、基本決断は己の第六感であり、機械に頼りははするけれど、依存はしない。
人間、その気になれば8キロくらいは十分、徒歩で歩けるのだ・・・・・・周りの人間は大抵、人工知能任せの車に乗り、徒歩で移動する人間は殆どいないので、気楽でいい。
私は運動能力は高いが、肉体労働が大嫌いなので、最近は軽い運動程度にとどめているが。
「・・・・・・あちゃあ」
「どうした?」
つまらないリアクションだった。作品の参考になりそうにもない。
しかし、
「ストーカー・・・・・・と言うと、聞こえが悪いんですが、最近、そういうことが多くて」
何故そんなことを私に話したのだろう・・・・・・相当参ってるということだろうか。
私のアドバイスは人間を破滅させるか、生き残らせるかのどちらかという極端なものだが、まぁこの青年がどうなろうと私の心は痛まない。
存分に適当なアドバイスをくれてやろう。
「それも一種の愛だろう。あの女が友達だというなら、受け止めてやれば良いではないか」
「冗談よしてくださいよ。ぼくは会話が成り立たないたぐいの人間は苦手なんです」
ごまかしが利きませんからね、と自虐するように言うのだった。言っては何だが、それは自業自得という奴ではないのだろうか?
誤魔化すからダメなのだ。
堂々と騙せばいい。
両者の違いについては、ここで言及してもあまり意味はない。まぁ、何事も堂々としていれば以外と上手く行くものだ。
多分な。
「会話が成り立たないのか。どんな風に?」
「こんな風に」
言って、私に手渡すことで、彼は携帯端末内の文章を私に見せるのだった。見るついでに中身のクレジットデータを抜き取って、いくらか儲けたが、まぁ構うまい。
中にはこう書かれていた。
ごきげんよう。本日も朝12時と、随分遅い起床でしたね。私は浮気には寛容ですが、あの女のいる協会へはあまり近づかないでください。この間も、うっかり殺してしまうところでした。
そんな感じの内容が、逐一、それこそ1分単位でスケジュールを把握されているかのような内容でビッシリと書かれていた。
「良さそうな女じゃないか。愛情は深そうだ」
私は割と本気でそういった。
しかし、青年は、
「冗談よしてください。ぼくはそんなこと頼んでいない。勘弁して欲しいです」
「そうは言うが、愛情というのは見る限り、頼んでもいないことを率先してやり、それでいて感謝も求めない代わりに誰が言っても断行する。少なくとも私の目には、そう写るのだが」
「それは、まぁ、そうですが」
「お前も、頼まれてもいないのに、「これは彼女のためだ」とか思って、女の期待に応えないのだろう? 何が違う? 倫理的に駄目だからか? それとも趣味趣向で愛の善し悪しは決まるのか?」
「そんなことは・・・・・・ありませんよ。ただ、愛情は素晴らしいかもしれませんが、それを素晴らしいと思うのは当人だけで、押しつけられる方は迷惑でしかない」
「それはお前も同じだろう」
「・・・・・・・・・・・・」
大体が、要約するとこの男の了見が狭いから、こんな事態になったのではないか。愛は素晴らしいかもしれないが、問題も多いようだ。
「愛も欲望の一つだという事実を、おまえ達は何故受け入れない? 欲望なのだから、自身の気持ちに忠実に、獣のように生きればよいだろう」
「ぼくは、人間です。人間には理性がある」
獣とは違う、と。
似たようなものだろうに。
「その理性も、目に見えない空虚なものだ。そも理性とは欲望を叶えるために存在する。人間の本能だ、いや、生物である以上、欲望を押さえつけて生きるというのは、摂理への逆行だろう」
私じゃあるまいし、欲望を抑えてどうするつもりなのだろう。完全に欲望を失ったところで、私のように欲望を手に出来る心を求めるか、この男のように女一人押し倒せない腑抜けに成るというのだから、欲望は押さえつけられるものではないということか。
と、そこで気になることがあった。
私の持っている使い捨て携帯端末、偽造して手に入れたそれから、着信があったのだ。
話の途中なので無視したが、この番号を知る人間は、まだ存在しないはずなのだが・・・・・・。
嫌な予感がした。
いや、それは作品のネタの予感かもしれない・・・・・・大抵は、正体不明の非現実と、相対する羽目になるのだが。
「どうやら電話があったようだ。失礼する。代金はお前が払っておけ」
私は店員のアンドロイドに代金をあの青年が払う旨を伝え、ぼくはそんな話聞いていないと言う青年を無視し、外へ出るのだった。
そして私は電話に出た。
「これから貴方を殺します」
そんなストレートで、はっきり言って面白味のない、ぱっとしない台詞ではあったが、しかし、正体不明の存在が、いかに難敵であるのか、それを嫌と言うほど私は味わう羽目に陥るのだった。
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