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檸檬のレ。#逆噴射小説大賞2024

 カジモトは焦りが強い時と居たたまれない時決まって心臓のあたりからそのストレスの度合いに応じて檸檬の香りを放つ。
 二度目は、メキシコのユカタン半島にあるセノーテという泉を訪れていた時だった。太陽の光がまっすぐ差し込んでいた。青白い光の帯が貫いている。毎年5月と7月の2日間太陽が天頂を通過するらしくその時には泉の中に垂直に光が届くのだ。
 その時、急に胸のあたりがこくんと鳴った。鳴った後気づくとメキシコの病院のベッドだった。
 医者は言った。
「ボリス・ヴィアンみたいな。ミスターカジモト、恋人の胸にスイレンが咲いてしまう20世紀で最もヒツーなレンアイじゃなくて君はレモンなのよ」

 気が付くと通りの向こう側によく見知った顔があった。
カジモトは三一子の手をぎゅっと握る。三一子はカジモトの眼を覗く。三一子の眼の中で花火の色が写りこんでる。あっちは見ないで!眼の動きだけで知らせる。
「もしかして、バンスキングの金井?」
 金井にしこたま借金してるふたりは昔から追われてる。ここ1か月ぐらいは逃げおおせていた。ついにその時が来たのかと思う。
「行くで」
 花火客の合間を縫って縫ってふたりは走り抜ける。
 頭上にはジングルかと思うほどの大音量の花火がさんざめく。
 アーケードを飛ぶように縫い景色を染めるように走っていた、カジモトの胸の檸檬が破けて辺りに転がった。
 途切れない観光客の足元に転がる檸檬。
 ふいに気づいた。その刹那カジモトは胸のあたりから檸檬の匂いを今までにないぐらい放っていた。
 切羽詰まりながら息を切らしながらも、クレージーな三一子。
 金井もあきらめずに向かいの通りを走っていた。ちょっと眼差しと口元に笑みを湛えながら。
 その時、カジモトは頽れるように何を思ったか口ずさんでいた。
 レは檸檬のレ。ドレミの歌だ。あの頃の焦燥感に比例するように心臓からの檸檬の香りが花火の夜の町のすべてを覆いつくしていた。
(続く)


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ゼロの紙 糸で綴る言葉のお店うわの空さんと始めました。
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