これぞSF!思弁体小説の賜物だ!短編集『血を分けた子ども』オクティヴィア・E・バトラー
圧倒的な力の差を持つ相手とどう付き合いますか?まして、そんな相手に自分を保護してもらって、その代償として、相手の子どもを産めって言われたら、どうしますか?
正直、そんなの答えられないよね、という表題作を始めとしたオクティヴィア・E・バトラーのSF短編集『血を分けた子ども』は、これぞ思弁体小説!と言いたくなる思考実験の賜物。
表題作をもう少し紹介すると、地球以外の世界に住んでいる人間たちがいる。この人間たち、どうやら宇宙でエイリアン達と遭遇するも、文明や生物学的に圧倒的に不利な立場に置かれてる。
そんな中、あるエイリアンの種族が、人間たちを保護して友好関係を築いてきた。エイリアンが人間たちを保護するのに出した条件は、一番近い言葉で言えば人間の男性が担う代理出産。
主人公の少年は人間のためにエイリアンが作った保護区で育った。母とも友人である、とある有力者のエイリアンと仲が良く、相思相愛な状態だ。
将来的にはその相手のエイリアンの子どもを産むことになっている。それが幸せだと思っている。
ただ、社会的にも、肉体的な力も向こうが圧倒的に強い。その関係が本当にいいものなのか。思春期に入って、大人や、年上の兄が見せるエイリアンへの複雑な感情を見て主人公は、恋愛の中にあるリスクという側面を知っていく。
相手と親密になればこそ孕むリスク、恋愛の負の側面をどうやって扱うのか?という成長譚でもある。
短編であれど、骨太な作りで唸ってしまう。それでも主人公が下す決断にはときめいちゃうんだから、バトラー恐るべし。
妊娠という行為が、受動的であるとは、何をその当事者に強いるのかという、さらりとした語りが有無を言わさず迫ってくる。
この短編は男性の妊娠と権力構造を巡るラブストーリーである。作者自身のあとがきで、男性が妊娠をあえて選ぶありえないシチュエーションをどうやって描くかをテーマに描いた作品だ。
権力がどうやって人間関係に作用するのかが、客観的にわかりやすい図式になっててそれだけでまず脱帽。ついで、権力のあるなしで主体的、受動的である立場が固定されてしまう、ということを自然に描き出していてそれに絶望。(ちょっと韻を踏んでみた)
なるほど、恋愛において権力の差、主体と客体とはこのように作用するのかというお手本のよう。そうか、男性だって圧倒的な力の前では受けてになってしまうんだな、という自分の偏見に気がついてショックを受けた。
そして何より語り手の少年がどうやって自身の妊娠というテーマに向き合うのかというドラマが、熱い。普段、そんなに恋愛ものに盛り上がらないのだが、これにはドラマチック!すごい!と興奮してしまった。
他にも、圧倒的な力を持った宇宙人が地球にやってきて、その「通訳」として働くためにやってきた人々の面接を描いた『恩赦』。
いやぁ得体の知れないエイリアンが俺らの土地にいついたらマジうざいよね、的な視点から最後の下りで、え?そういうことなの⁉と驚かされる展開に打ちのめされる。
なぜかいきなり神によって呼び出されて、人類進化のより良き方向に貢献するはめになる作家の短編『マーサ記』など、これぞ思考実験、SF的な性格をした秀逸な作品が収められている。
SFはサイエンス・フィクションと翻訳されるのが普通だが、Speculative Fiction:思弁体小説とも呼ばれており、思考実験を特徴とする一面もある。オクティヴィア・E・バトラーの短編はこの性格が強い。
全ての短編がわかりやすいSFの道具仕立てや設定があるわけではないが、こういうとき、この条件であればどうする?という作者の疑問への掘り下げを感じられる作り。
権力について、生まれと育ちの問題、退廃する社会でのモラル、万人にとってのユートピアなど、どれを取っても、よくぞこんなにキレイに纏めたなぁと話の展開と纏め方にうっとりしてしまう。
作者の作家デビューまでの流れを書いたエッセイも二編収められており、オクティヴィア・E・バトラーがどの様な仕事をしてきたのかも参照できるお得な構成となっている。
06年に亡くなったバトラーは、デビュー当時は珍しかった「黒人女性のSF作家」であり、N・K・ジェミシン(『第五の季節』の著者)やンネディ・オコラフォー(『ビンディ』の著者)などのアフリカ系SF作家にも影響が大きい作家、と役者あとがきにある。
狭き門を広げて、後任の作家たちに影響を与えたというそれだけでもすごい作家であり、存在自体が大事な作家なのである。
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアや、アーシュラ・K・ル=グウィンほどの知名度が日本ではないだろうけど、出会えて良かった。
男性妊娠て何?というショッキングな内容に興味を惹かれた方、よしながふみの『大奥』が好きな方、絶対にお読みください。
あと単純に面白い本が読みたい人にもお薦め、目新しさよりも、語りの上手さと、アイディアで遊ぶというSFの楽しさを味わえるよ!