【ショートショート】代行稼業

　代行。代わりに他の誰かが行うこと。
　人口の減少に伴い、本業である仕事や学業で忙しく割くべき時間がない、という人々のニーズに応える形で、少しずつ社会に職業として認知されて来た。
　俺も今まで様々な代行を仕事として行って来た。
　葬儀出席代行、ＰＴＡ総会出席代行、発表会・大会撮影代行、お見舞い代行、パーティーパートナー代行、各種イベント同行者代行などだ。

　葬儀出席代行は、出席すべき間柄ながら親戚と顔を合わせたくない、等の諸事情にも応じて出席する。
　記帳では依頼者の名前を書き（代行）と記した上で、依頼者から預かった香典などを渡し参列する。

　ＰＴＡ総会出席代行は、年度の初めに子の所属する学校で開催される各種役員決めにおいて、大役を負いたくない等の諸事情にも応じ、代行委任状を持って出席する。
　やる気がないわけではないと示しつつ、代行なので大役は無理、というアピールだ。欠席したために大役を押し付けられた、ということを回避したい人が依頼するが、結果の保証はない。

　子の習い事やクラブ活動・部活動の発表会や大会では、様子を見聞きし写真や動画に収めたいのが親心だろう。
　それでも、遠方であるために物理的・金銭的に難しい場合などの要望に応え、代わりに様子を撮影しデータを送る。

　お見舞い代行は、遠方であるために物理的・金銭的に難しい、あるいは実際には顔を合わせたくない、等の諸事情にも応じ、代わりに病院を訪ねる。
　代行委任状を見せた上で、見舞い相手に手紙や見舞いの品を渡し、やり取りした話の内容などを後程依頼主に伝える。
　代行委任状があっても家族でなければ面会は不可という病院もあり、その際は病院関係者に手紙や見舞いの品は委託することとなる。

　異性のパートナーを伴うスタイルのパーティーでは、特定の相手がいない、もしくはその日に限り都合が悪い場合などに、パートナー代行を務める。
　服装の決まり事があったり、適した振る舞いや共通の会話を求められることも多く、あまり気は抜けない。

　それに比べ一気に気楽になるのが、各種イベント同行者代行だ。
　映画、コンサート、展示即売会、話題の店での食事など、一人で行くのはやや躊躇われる、誰かに一緒に行ってほしい、という人に対して同行者代行を務める。
　適度に会話しつつ適度に距離を置く、知人の代わりくらいのものだ。

　そんな俺が、今日はかつてない大役を代行することとなった。
　結婚式の新郎代行だ。しかも出席者に代行とバレてはいけない、という難易度の高い仕事。
　そんな代行が？　と俺も驚いたが、色々複雑な事情があった。
　新婦は、海外にも多くの支店を持つ世界的に有名な大会社の社長令嬢で、国内政財界のみならず海外からも、この日に都合を合わせた出席者が参列予定となれば、新郎が急病で入院中でも、式を取りやめるわけにはいかないのだとか。
　それで新郎に顔と背格好が似ている俺が、多額の報酬と引き換えに新郎代行を引き受けることになったのだ。
　当初予定していた墓掃除兼墓参りの代行は、同僚に代行を頼んだ。今頃は墓石磨きなど頑張ってくれているだろう。
　幸い、新婦のことを知る人は少なからずいても、新郎のことを知る人は世界規模的にはほとんどいない。
　新婦からは直接、気の毒な新郎からは電話で聞き取りした新郎に関する情報を頭の中で繰り返し反芻し、新郎に似せた特殊メイクを施された俺は、緊張気味に式に参加した。
　優雅な燭台に灯る明かりや美しい花々、華麗な音楽や豪華な料理の数々が参列者を出迎え、新郎新婦の門出を祝う人々の微笑み溢れる穏やかな式となった。
　そして終了までの数時間を、何とか俺はバレることなく新郎代行として務めたのだった。

　この日の夜は、恋人の誕生日を祝うデートの日でもあった。
　予約していたレストランで食事を取り、プレゼントを渡すと、恋人は笑顔を浮かべとても喜んでくれた。
　正直に言えば、新郎代行の多大なる緊張で疲れていないと言えば嘘になる。
　それでも、恋人のこの輝く笑顔を受け取る役は、他の誰にも代行させられない、と思うのだ。

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