【掌編小説】幻葬の夏
夢で明美を見たのは半月前。高校の同級生で親友だった明美は、高校時代の頃のまま、屈託なく笑っていた。
卒業後些細なことで喧嘩し、それ以降疎遠になっていたが、殺人的な激務に忙殺され心も擦り切れていた私には、懐かしさから穏やかな気持ちを取り戻してくれるものだった。
ようやく一段落した仕事だったが、それは束の間で、次の業務が打ち寄せる前の大波として既に見えていた。それを考えると憂鬱になる。
好きで選んだ仕事とは言え、外から垣間見るのと実際にやるのとは違う。
慣れるまでは無我夢中で、少し慣れた今もちゃんとやれているのか疑問であり、仕事量の多さに圧倒されぼろ雑巾のように疲弊している私は、自分がこの仕事に向いているのか怪しく思ってしまう。
ともあれ、この数日はお盆休みでの帰省であり、日常を離れてリフレッシュできたら、と思っていた。
電車を乗り継いで辿り着いた故郷の町の風景は懐かしく、久しぶりの私を温かく迎えてくれているようだった。
実家に戻った後、1人墓参りに出かけた。
祖父母の墓に手を合わせた後、墓前から離れようとする私の視界に人の姿が映った。明美だ。最後に会ってから4年以上が経ち、少し大人びたようにも見えるが、最後の記憶と大きくは変わらない。
私と同様明美も私に気づいたようだった。
「律子、久しぶり」
明るい声をかけ近寄って来る明美に、私も「久しぶり」と返事をする。
夢の中では私に屈託なく笑っていた明美だが、実際には喧嘩別れしたままのため、私はどういう表情をしているべきか迷った。
微妙な表情の私を前に、明美は何も気にしていない様子で、他愛ない世間話を展開した。私も適当に相槌を打つ。
そんな話が途切れた頃合いに、明美が「あのさ……」と切り出した。
「高校卒業した年のゴールデンウィークに、私達喧嘩したじゃん?」
私もやや頬を引き攣らせながら、「う、うん……」と答える。
「あの時は、都会の学校に進学した律子が、将来の仕事に直結した授業のことを熱く語る様子に、寂しくなっちゃったんだよね。卒業後も都会に就職して、この町で進学してこの町で就職するだろう私とは、ずっと離れて過ごすんだろうと思ったらさ……」
私は明美の打ち明け話に驚かせられる。
「そっか……そんなこと思ってたんだ……」
「うん。それで、律子の将来の夢を素直に応援できなくて、その業界で有名な人のことを、悪目立ちしてて感じ悪い、なんてわざと貶したりしたけど、その人を尊敬してる律子は機嫌悪くなるし、私は謝りたくないしで、それから何となく疎遠になっちゃったね」
そうだったな、と思い返しながら私は頷く。
「でも、本当はずっと謝りたかった。ずっと気になってた。でも一度疎遠になっちゃうとタイミングがわからなくて、謝る勇気が出なくて、ここまで来ちゃった。本当は、また仲良かったあの頃みたいに、バカな話して笑い合いたいって……」
そう言う明美の瞳から、涙が零れた。
「……ごめん、律子。今更だけど、あの時はごめん」
そう言って頭を下げる明美に、私は首を横に振った。
「もういいよ。私の方こそ、明美の寂しい気持ちに気づかなくてごめん」
こうして、数年ぶりの再会によって私達は過去の未熟さを謝り合い、再び友情を取り戻すことができた。
一度疎遠になっても仲直りできる親しい関係。その喜びをしみじみと実感しながら、私は「じゃあ、また」と言って、墓地で明美と別れた。
町の中央を流れる川に架かる橋を渡っている時、前方からやって来る自転車の人物に気づき、私は顔をほころばせた。敬子だ。彼女も高校時代の親しい友人の1人だった。
私が「敬子~」と声をかけて手を振ると、敬子も驚いたような笑顔を浮かべ、「律子~」と言って手を振り返した。
私達は再会を喜び合い、私が今日はこの町に滞在すると確認した敬子は、「久しぶりにみんなで顔を合わせて飲もうよ」と言った。
ここで言うみんなとは、高校時代に一緒に行動していた私、明美、敬子、そしてもう1人の留美を合わせた4人のことだろう。
明るくていつも誰かを笑わせるムードメーカーだった明美、意見をまとめるのが上手くリーダーシップのあった敬子、控えめながら常に全体を見て気遣い上手だった留美。そんな3人と私は、高校時代多くの時間を共にし、友情を育んだ仲だった。
快諾する私に、敬子は店と集合時間を告げ、後は連絡しておくと言って自転車で走り去った。
数時間後、約束の店に行き店内に入ると、既に敬子と留美は奥のテーブル席に着き、私に小さく手を振ってみせた。
合流し、留美とも「久しぶり~」と挨拶を交わし合った私は、2人に「明美はまだ?」と尋ねた。
2人は顔を見合わせ、微妙な雰囲気を漂わせた。
「どうしたの?」と尋ねる私に敬子が、「ごめん。てっきり知ってると思ってた」と答えた。
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