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次期アメリカ副大統領ヴァンスはここから這い上がった|ヒルビリー&ハマータウン|Review

ボクってゼミに上がってからは比較的まじめな学生だったんで、社会学の本だったけどエスノグラフィーの肩書があった、ポール・ウィリスの『ハマータウンの野郎ども』は当の然で読んだのさ。いわゆるヤンキー=不良の研究なんだけども、ボクもヤンキー文化の真っ只中で思春期を過ごしてきたから、「腕力こそ正義」「不良こそカッコいい」的なインフォーマルな価値観が、なぜあの時代の主流になりえたのかを腹落ちさせたい気持ちもあって読んだんだ。
(たぶんこの本を読んだであろう、『ヤンキーと地元』の著者、打越正行さんが先日ご逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。)

昔読んだのは単行本

どうしてこういう話をするかというと、最近読了した『ヒルビリー・エレジー』に、かの本の面影をみたからだ。次期トランプ政権の若き副大統領になるジェームズ・デイヴィッド・ヴァンスの著作だ。2016年大統領選でトランプを当選させたのが白人労働者階級の怒りで、今回の再選がアメリカ下部構造のやり場のない閉塞感だとするならば、こりゃ読んどかないとね、という焦りから手にとった。

こっちも文庫本になって入手しやすい

以下では、90~00年代米国アパラチア地方の『ヒルビリー・エレジー』(原題 Hillbilly Elegy)について、70年代イギリス中部の『ハマータウンの野郎ども』(原題 Learning to Labour)の状況との類似点を探りながら、軽く批評する。ガッツリ書くほど複雑な構造的対立ではない。ハマータウンのほうは当然細かくはおぼえていないから、YouTubeを視聴したり生成AIに要約してもらいながら記憶をドーピングしている。


J.D.ヴァンスの『ヒルビリー・エレジー』は、アメリカ中西部やアパラチアの白人労働者階級(ヒルビリー)の現実を自身の経験というフィルターを通して描いた世相史である。ヴァンスは、彼が育った労働者階級の文化に誇りを感じつつも、それが自己破壊的であることを冷静に描いた。家族への忠誠心、地元への愛着、ブルーカラー労働観、男らしさや銃社会は、ヒルビリーたちのアイデンティティを支える一方で、高等教育や社会的流動性を拒む要因にもなっている。

この点は、『ハマータウンの野郎ども』で描かれる若者たちが、学校での成功を「中産階級的」として軽蔑することと、どこか通底している。この時代のイギリスは、ビートルズやストーンズのアフターマスの渦中だし、時代そのものが「悪ぶってた」っていうのもあるんでしょうな。

両書が共通して指摘するのは、労働者階級の文化が外部からの偏見・圧力によって再生産されるだけではなく、彼ら自身の思考回路に階級や立場を固定化する要素がビルトインされていることだろう。

ヴァンスは、自分の周囲で広がる薬物依存や仕事をしない大人たちの姿を批判する。その一方で、それが労働者階級の文化的背景と無縁ではないと暗に示唆してもいる。野郎どものほうは、学校での不適応や失敗を自慢するが、その結果、将来は工場で単純労働するしかない道へと自らを追いやる。このような自己矛盾は、いずれの作品においても、ブルーカラーの社会的停滞の重要な因子として描かれている。

もっとも、ヴァンス自身は海兵隊経験とその後の大学教育によって、負のループから抜け出した。おめでとう! なんてったってアメリカ合衆国の副大統領だよ。どんだけウダツを上げたんですか!

だから『ハマータウンの野郎ども』が労働者階級の再生産構造を解明することが主題であるのに対し(いちおう学術書だからね)、『ヒルビリー・エレジー』は個人の努力と制度的障壁のせめぎ合いに焦点があてられているようにみえる。そして、離脱できた理由を祖父母や姉の存在に求め、「幸運だった」と、決して謙遜ではなく、安堵のように述懐するのである。

ひとつボタンをかけ違えていたら故郷の誰々と同じ人生だった、という共感と恐怖がそこには同居している。それはボクも非常に実感するものがある。決して今の人生に満足しているわけではないけれど、それよりはるかに惨めな人生を歩んでいるもう一人の自分が、常に並走している気がするのだ。

ウィリスの社会学的分析が示す、階級再生産のテーゼから四半世紀の時を経て、ヴァンスの個人的な物語が示す、地域的=階級的縛りからの脱出の可能性。これを進歩とみるか停滞とみるか揺り戻しとみるかで、アナタの資本主義に対する態度が決まる。これから社会的・経済的格差はますます固定化していくのか、それとも……


ヒルビリーといえばロカビリー。上々颱風の「ロカビリー道中」をBGMに流したかったが、YouTube業界には音源がないので、マッチョの「ためいきロカビリー」で我慢して。お願い!


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