鵜飼の仕舞で鵜ノ段です、と言われても。/大学で、能楽部に入った話。(06)【エッセイ:あの日、私と京都は。9】
~これまでのあらすじ(超手短に)~
文芸部に入るつもりが、たまたまいた能楽部の見学に行くことになり、謎のメガネ先輩と仲間たち、師匠のもと、初指導を受けたのであった・・・
(↓↓詳しくは以下↓↓)
・・・
で。
まぁ、とりあえず。
ありがたい師匠のご指導により、
「能=基本はカマエ」
ということは分かった。
なんだかよくわからないままに舞台に上がり、能は、独特のポーズをして動く、ということが分かった。うむ。
でも同時に
「カマエ=意味不明」
であることも分かった。
いや!だって、あんな筋肉の動きしたことないし!
肘は外向きで親指は上にとか、ひざはまげて腰はまっすぐとか、なんかもう立ってるだけで疲れる!
えーと、てことはなんだ、それはつまり
「能=カマエ=意味不明」
という三段論法が成り立つのでは・・・!(どどーん)
※↑すごい発見してそうで、単に頭が悪いだけともいう。
「よし!じゃあ、新入生は畳に戻っていいよ。普段の稽古でやってる仕舞を、上回生たちにやってもらおう」
ついて行けないこちらを余所に、師匠はテキパキと場を進める。
他の新入生2人もホッとした顔をして、畳の間に戻った。
そんな私たちと入れ替わりに、先輩方が腰を浮かせながら相談を始める。
「何の仕舞しましょうか」
しまい・・・さっき、師匠が言ってたやつだ。
うーん、舞・・・踊りのことだろうか(勝手に聞き耳を立てる)。
「修羅物からやります?二本差しで」
「普通に『嵐山』からでいいんじゃないの」
「いや、ここは『鵜ノ段』でしょう」
なんのこっちゃ(聞き耳立てても即挫折・・・)。
「では『鵜ノ段』で」
「はい」
1人が舞台に上がった。男性で、さっぱりと短い髪型の、少しがっちりした体形をしている。手には扇。
他の先輩方は、舞台横にある一畳分ほどのところにぞろぞろと並んで正座する。こちらも扇を持っている。
「えーと。少し解説するとね」
気づけば背後に、私をここに連れてきたメガネ先輩がいる。
あれ?そういやメガネ先輩は、この仕舞とやらには参加しないのだろうか。解説要員てことかしら。
「今からやる“鵜ノ段”っていうのは『鵜飼』っていう謡の、ちょうど真ん中あたりにあるシーンになる」
はぁ。
謡。歌?かな。その題名が『鵜飼』ってこと?
の、真ん中あたり・・・? 真ん中って、その歌の、間ぐらいってこと?
「舞台にいるのがシテ、主役」
あの、舞台に上がった男の人か。
主役は『シテ』と言うらしい。
「横に座っているのは、地謡。バックコーラスみたいなものかな」
他の先輩たちか。コーラスということは、歌う人たちか。
「シテは、鵜を使いこなす鵜飼いでね。夜に松明を振りかざして、魚を取るんだ。そのときに、鵜を使ったり松明をかざしたり、網を投げるような型があるから、名づけて”鵜ノ段”って呼ばれてる」
うむ・・・
なんていうか、つまりこれって歌っていうか・・・劇みたいなもの?
「仕舞は、そんな風に、いろんな曲のいろんな場面を舞うんだ。曲全部じゃなくて、盛り上がるところとか、型が多いところとか。シテの舞と、地謡の謡で。そんな感じ」
ふーむ。
舞と謡。「踊りと歌」とは、ちょっとニュアンスが違うんだろうな。
「って、言ってみたけどまぁ・・・」
メガネ先輩は、またにこりと笑う。
「適当に見て」
投げた!
適当!適当やこの人!わかってきたぞなんか!
横目でほかの新入生2人を見ると、「わかったようなわからないような」という、私と全く同じレベルの理解をしているようだった。
それを察してかどうなのか、メガネ先輩は続ける。
「わからなくてもいいんだ。理解しようとしなくてもいい。好きなように感じて、こんなもんなんだな、って見れば、それで十分だよ」
ほぉー、そうなのか。
・・・でもそうかも。
解説されても正直、よくわかんないからな。
この先輩、最初に「説明するの面倒臭い」と私をここに連れてきてくれたけど、説明するよりも自分の目で見た方が早いってことはあるだろう。
特にこの、意味不明な『能』というジャンルなら猶更。
「では!準備いいかな。よろしく」
師匠が舞台に立つ『シテ』を見る。
「はい」
シテである男の人がその場で正座をし、地謡に向かって頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします」」」
いつでも、挨拶はするんだな。
礼儀だ、きっと。
そしておもむろに、シテが扇を開いた。
紫色の雲が描かれている。
息を吸う、音。
「湿る松明、振り立てて」
部屋全体に響く声。
「仕舞」、『鵜の段』が始まる。