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「英語をモノにしたければ、まずは読み書き・文法」--- 映画字幕翻訳家:戸田奈津子氏の講演を聞いて [Part 1]

洋画を数本観た人なら、誰もがこの方の名前を目にしたことがあると思う。映画字幕翻訳家の戸田奈津子さん。

わたしが洋画を見始めたのは80年代後半だが、鑑賞する洋画のほとんど全てに「字幕翻訳:戸田奈津子」のクレジットがついていた。

洋画といえば戸田奈津子

それは、映画全盛期だったあの時代に、多くの人の脳内で確固たる公式となったはず。

分野はまったく違えど、同じ翻訳業界に属しているわたしにとって、戸田奈津子先生は、長年にわたり尊敬と憧れの存在だ。イチ特許翻訳者にとって、雲の上のような翻訳家。映画字幕でウィットに富んだフレキシブルな和訳を目にするたび、彼女への尊敬の念は募っていった。

多くの翻訳者にとってのレジェンドであり、長きにわたって翻訳業界を牽引してきた、その戸田奈津子先生の講演会があるという。

やっと直接お話を伺える!こんなありがたい機会を逃すものか!

ある酷暑の午後。足元の靴まで、全身真っ白な服装で壇上に現れた戸田奈津子先生。

その出で立ちは爽やかで、外の暑さを忘れさせてくれるくらい涼やか。シャンシャン歩くその姿は、とても87歳には見えない。ホールにいた1,000人を超える参加者が、大きな拍手で戸田先生を迎える。

「こんなに大勢の方の前で話すのは初めてだから、緊張しちゃうわ」

笑いながらそう言う戸田先生は、とてもチャーミング。

自分の人生を「とにかく映画漬けの人生」と振り返る。「好きなことを土台に生きてきた」と。

自分の好きなことを早く諦めちゃダメよ。数年で諦めるなんて早すぎる。好きなことがあるのなら、覚悟を決めて、ゴールを決めて、チャレンジして、そして機会を待つのよ。

戸田先生が「映画の字幕翻訳をやりたい」と思ってから実際にやらせてもらえるまで、20年も要したそうだ。映画会社でアルバイトをし、事務や通訳をしながら、ずっと字幕翻訳のチャンスを待っていた。

自身の実体験をもとに出てくるアドバイスは、とても深みがある。

戦争での疎開経験もある戸田先生。

最初に洋画を目にしたのは、戸田先生が小学校高学年のころだったそう。戦時中は食べものが不足し、胃も飢えていたが、文化にも飢えていたという。

戦争が終わったある日、米軍が映写機で日本人に洋画を見せてくれた。日本ではテレビすらなかった時代に、その出来事は大きなカルチャーショックだったらしい。そのときに初めて洋画を見た戸田先生が感じたこと。

「こんなものが現実にあるわけがないと思った。違う惑星の話かと思ったわよ。今で言うSFみたいな。その洋画には冷蔵庫を開けるシーンがあってね、そのころの日本には冷蔵庫なんてないでしょ。だから、その箱も何だかわからない。だけどその大きな箱のドアを開けたら、食べものがたくさん詰まってるの。見たことのないものがたっくさん」

その瞬間からまったくの「別世界」である洋画にハマっていった。そこで話されている言葉は分からないけれど、洋画がすごく好きになった。

「そのときの気持ちからブレないまま生きてきたのよ、ずっと」

戸田先生の口から、名言が次々とでてくる。

「ひとの人生を動かす1番のモチベーションは「好き」という感情」

「自分の好きなものが分からない人は、自分のことを知らなさすぎ。それは自分自身への怠慢じゃないのかな。自分自身のこと、もっと知ってあげて」

中学校で英語の勉強が始まったが、英語は好きではなかったという。

「でもね、洋画が好きだったから洋画のことはなんでも知りたかったの。洋画に出てくる人が話している、あの言葉のことも知りたい。そう思った。みんな恋に落ちたら、その相手のことを知りたいと思うでしょ?もっともっと知りたいと思うでしょ。それと同じ。私にはそれが洋画だった」

茶目っ気たっぷりにそう笑う戸田先生。

英語が好きではなかった戸田先生は、英語の勉強にはとても苦労したらしい。現代と違い、当時(1940-50年代)は中学から大学まで、英会話の授業は存在しなかった。英語といえばすべて活字の授業。

英語をモノにしたければ、読み・書き・文法、これが大事。1番大切なのは基礎です。特に英語を「書く」こと。英語で書こうと思ったら、文法ができないとダメだし、読めないとダメ」

「英語を話すことばかりに偏っている今の英語教育は、どうなのかな?と正直思う。それよりも読み書き・文法のほうが大切。基礎がしっかりできていれば、英会話はあとからでもできるんです」

戸田先生自身、学生時代にはまったく英会話の授業はなかったが、それでも自身で勉強を続け、ハリウッドスターから絶大な信頼を寄せられる同時通訳者となった。

「機会があれば必ず言うのですが、語学に早道や近道はありません。レンガを積むように、地道に1歩1歩進むしかないの

「どんな分野でも、何かを成し遂げた方はきっと同じように考えていると思う。すべては基礎が大切なんです」

英語の勉強について、戸田先生は何度も「読み書き・文法」が大事だと強調していた。

もちろん、英語教育についての意見は人それぞれだし、王道となる正解はないと思う。だって正解があるのなら、今ごろ日本国民全員が英語の達人になっているはずだから。

でも、戸田奈津子先生の英語教育に対する考え方がわたしの主義と同じだったので、とても共感を覚えて嬉しかった。

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[Part 2] --- 戸田奈津子先生が字幕翻訳家になるまでの道のりや、字幕翻訳の際に気をつけていることなどのお話はコチラ。










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み・カミーノ
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