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『ある家族の会話』 ナタリア・ギンズブルグ
こんなにひとりの翻訳者を追いかけたことはないかもしれない。
須賀敦子全集から知ったナタリア・ギンズブルグさんはイタリアを代表する作家だ。
僕はギンズブルグという姓を見て、どこかで見たことがある──カルロ・ギンズブルグさんだ。
歴史家でミクロストリアを学問として打ち立てたひとのようだ。
彼の著作に『チーズとうじ虫』という16世紀の歴史を小さな領域を対象として大衆的な文化、民衆文化の成り立ちを見せてくれる本がある。
僕は祖父の本棚にあったそれを面白く読んだのを覚えている。
カルロが歴史に興味を持ったのは母ナタリアに少し似たのかもしれない。
彼の父、レオーネ・ギンズブルグはウクライナ、オデッサ生まれの反ファシスト作家だった。
レオーネは1944年にローマで逮捕された後、拷問死している。
夫、レオーネから滞在地を去るよう手紙を受け取ったナタリアは、小さな子どもたちを連れて、姉の夫オリベッティ(タイプライターで有名なオリベッティ社の創業一家)らに助けられながら生きながらえた。
そうしてナタリアは、自分自身で道を切り開かねばならないと悟り、行動した。
須賀敦子さんの全集を手に取らなかったら、僕はナタリア・ギンズブルグさんの運命に翻弄されながらたくましく生き抜いた彼女の半生を知ることはなかっただろう。
自分で道を切り開く以外方法はないのだと気づいた
これまで自分たち兄弟を守ってくれていた快活な母がファシズムの中、またドイツ兵たちの押し寄せる中で、怯え切っていることを知り、ナタリアはそう悟る。
どうしてだか、この一文を読んだとき、ヴェネツィアのザッテレ河岸で対岸のレデントーレ教会を眺める須賀敦子さんの後ろ姿がぼんやりと思い浮かんだ。
『シエナの坂道』(須賀敦子全集第四巻収録)の中で『シエナの聖女カテリーナ』という聖女カテリーナ(14世紀のイタリア文学とカトリック教会に多大な影響を与えた神秘家であり活動家であり作家)の伝記を須賀さんが振り返っているのを今日読んだ。
「神だけにみちびかれて生きる」というのは、もしかしたら、自分がそのために生まれてきたと思える生き方を、他をかえりみないで、徹底的に追求するということではないか。私は、カテリーナのように激しく生きたかった。
と須賀さんは言う。
ナタリア・ギンズブルグさんの生き方は、不条理に満ちた時代によって、否応なく激しい生き方にされてしまったのかもしれない。
自分を最後までしっかりと地に繋ぎ止めておくために、家族たちの発した言葉を書き留めている感じがした。
著者と実際に三度会ったことのある須賀さんは『私のなかのナタリア・ギンズブルグ』(須賀敦子全集第二巻収録)の中で、須賀さんの友人の修道士が宗教家にとって怖い誘惑の1つに社会にとってすぐに有益な人間でありたいとする欲望だと言っていたことを思い出す。そして、作家には作家の生き方があり、翻訳者はそこと距離を置かねばならないのかもしれない、と悟っているようだ。
翻訳されたものから翻訳者を重ね合わせられるのは翻訳者の本望ではないかもしれない。
言葉から他人にとってはとるにたらない小さな出来事を想起し、その言葉で自分をとりまく小さな歴史と「いま」をしっかりと結びつけておくことが、ギンズブルグさんと須賀さんの共通点のように思う。
過去を振り返る透徹で優しい眼差しと言葉──言葉として書き手とその周囲のひとたちが永遠の生、あるいは魂と名付けられるようなものを得ているような気がしてならない。
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