浮世の画家
著者 カズオ・イシグロ
訳 飛田 茂雄
出版 早川書房 2019年1月10日印刷 2019年1月15日発行
カズオイシグロの長編第2編にあたる本書。
原著"An Artist of the Floating World"。
1986年に出版されてブッカー賞候補だったようです。
原著のタイトルをそのまま訳すと、漂う世界の画家。漂流する世界の画家、虚ろな世界の画家。。。読後、なんとなく、「なるほどな」と思ってしまいました。
あらすじ
妻に先立たれた男には二人の娘、長女の節子と次女の紀子がいる。
長女節子の息子、一郎とのやりとりや、次女紀子のお見合いを気にかけながら淡々と隠居生活をおくっているうちに、かつて国のために絵を描いていたときの画家仲間や当時の様子を思い起こす。
戦時中と敗戦後の180度変わってしまった社会風潮や価値観の中で、しんみりと回想する。
テーマ
記憶の曖昧さによるリアリズム
社会風潮の変化
記憶の曖昧さによるリアリズム
カズオ・イシグロの初期リアリズム3作品のうち2作目となります
「遠い山なみの光」
「浮世の画家」
「日の名残り」
舞台を敗戦後の日本にした「日の名残り」に近いものを感じました。
今回の信用できない語り手は、妻に先立たれた元画家の男、小野です。
男の追憶は、いつものカズオイシグロといった感じで曖昧な記憶のもとに戦前のThe昭和をリアリティをもって伝わってきました。
社会風潮の変化
The昭和だなーと思わせるのが、小野が孫とのやりとりで、「女はこわがり」だとか「女は~」という言い回しをするところで顕著に表現されていました。男女平等とは程遠い考えの持ち主なのはそういう時代だったというのでしょう。
そして、戦前、軍国主義を支持するポスターや絵を描いて、画家としては大家であった小野。戦後、そのことで娘の縁談まで少し危うくなってしまいます。
価値観や社会風潮が変わり、小野自身、自分のしてきたことの過ちを認めつつも、それなりにやれることをやってきたと自負して生きています。
「少なくともおれたちは信念に従って行動し、全力を尽くして事に当たった」
後年に至って、自分の過去の業績をどう再評価することになろうとも、その人生に、あの日わたしが高い峠で経験したようなほんとうの満足を感じるときが多少ともあったと自覚できれば、必ず心の慰めを得られるはずだ。
浮世の画家 カズオ・イシグロ p314
カズオイシグロ作品はそれぞれ設定は作品毎に違いますが、共通した根底に流れるテーマがあると思います。
理想
vs
現実を直視した真実
人間の根源に関わる普遍的な問題
読者に対し深く考える幾つもの問題提議を投げかけてくる作家であり、2作目の本書もそうしたものをいくつか提示していました。
昔、良しとされていた価値観の下で、全力を尽くしてきた小野がギャップを受け入れて最後にはなんだかんだでハッピーエンドで、読んでいたこちらもホッとさせてもらえました。