魔オルガンの癒し
書評行きます!
「新樹の言葉 (新潮文庫) 」 新潮社 1982年出版 416P 太宰治著
(以下、読書メーターに書いたレビュー)
作中の太宰は31歳ごろ。「春の盗賊」における「四十五歳がいちばんいい歳」とか「四十。もうすこしのがまん」みたいな記述がやけに記憶に残る。まさか四十路を迎える前に死ぬとは思っていなかったのか。いやどうだろう。不安が拭えないからあえて書いたという見方もできる。「火の鳥」は未完だがここで打ち切るのはむしろ最善の手。「葉桜と魔笛」は千年後まで残る名作。諸々含めて過去の悔いを乗り越え、明日への希望と厭戦感を匂わせる短編集。突出した作品がない代わりにコンセプトが秀逸。ビートルズでいうなら間違いなく「ラバーソウル」だ。
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新潮文庫の太宰治は間違いのない傑作ぞろいです。その中から私が一冊選ぶとしたらこちらになります。もちろん「人間失格」や「斜陽」「ヴィヨンの妻」などのラインも好きですし、太宰文学の軸は確かにそちらでしょう。でもあらゆる光に暗い影が付きまとうのであれば、どんなに陰鬱で重苦しい文学にも前向きで温かい一面が備わっているはず。太宰に感化されたであろう中村文則さんはほぼ全ての代表作の中で光と陰の共存を図っていますが、太宰の場合は書かれた時期によって傾向が分かれてきます。たとえば「二十世紀旗手」と今作を読み比べたら「本当に同じ人が書いたのか」と首を捻る方も多いでしょう。それぐらい太宰の作風はバラエティに富んでいるのです。
レビューでも触れていますが、中期以降の太宰とビートルズには不思議な親和性があります。たとえば「人間失格」を「アビー・ロード」のメドレー、「斜陽」を名曲「レット・イット・ビー」に見立てるとけっこうしっくり来るのです(来ませんか?)。中期以降と書いたのは、太宰の前期はかなり前衛的だからです。最初期の「晩年」は「サージェント・ペパーズ」に近いかもしれません。ビートルズだと、私はアイドル路線の前期から新たな音楽を模索する中期へ繋がる「ラバーソウル」がいちばん好きです。次の「リボルバー」もいいんですけど、ジョンの曲がちょっと弱いかなと。あとは安心感。「リボルバー」にはサイケの挑戦的な色が入っていますが、「ラバーソウル」は比較的平和です。穏やかな気持ちで聴けます。「新樹の言葉」もそういうタイプのアルバムなのです。
白眉は「葉桜と魔笛」。「ラバーソウル」でいうなら「イン・マイ・ライフ」でしょうか。魔笛ならぬ心地良い「魔オルガン」の間奏とともに、お時間のよろしい時にぜひどうぞ。