ハードボイルド書店員日記②
私は家に仕事を持ち込まない。持ち込むのは社販で購入した本だけだ。
しかし時には例外もある。どこかの国で毎年決めている文学賞。もしあの男が選ばれたら明日から騒ぎになる。いまから準備が必要になる。フェアの選書は慎重にやらねばならない。ハンバーガーはマックで十分と客に思われてもいいのなら、機械的にベストセラーを並べればいい。そんな店に捧げるほど私の人生は安くない。あの男の本に精通している人間も他にいない。「鬼滅の刃」を読んでいない人間が私しかいないのと同じように。だが杞憂だった。具体例として岩波国語辞典の第九版に推薦しよう。
某サイトのコメント欄が相も変わらず民度の低さをさらしている。大昔に周りの空気と女の好みに迎合して文字だけ読んだあの男の恋愛小説を批判し、嘲笑い、勝手に溜飲を下げている。こちらは「無知」と「無恥」のサンプルとしてバカンス中の宇宙人に提供したい。あの男は何も失敗していないし何も失っていない。受賞者の作品を読んだことのある者が彼らの中に何人いるのか。もし賭けが許されるのなら私のチップが置かれる場所はひとつだ。おそらくドストエフスキー「賭博者」のおばあさんも同じ意見だろう。
読書メーターの仲間のひとりが「逆張り文学賞」と呼んでいた。ひそかに用意していたマッカランのオン・ザ・ロックを彼の名言に捧げる。あの男が残してきた見事な足跡を共に振り返ろう。残念ながら我々の言葉はウイスキーではない。だが私は私の、目に見えるものだけをありがたがる大衆から嗤われる世渡りの弱さが好きなのだ。
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