傑作は時に人生を運命づける
おはようございます!!! 書評行きます!!!
「心は孤独な狩人」
新潮社 2020年出版 カーソン・マッカラーズ著 村上春樹訳 398P
(以下は読書メーターのアカウント https://bookmeter.com/users/49241 に書いたレビューです)
反ファシズムなんて狭い枠の話に非ず。世に常態化する理不尽、不公平、差別、格差、そして数を恃む輩の無理解と傲慢さに踏みにじられた人々の実態がこれでもかとばかりに描かれる。だが社会の改善を願う本でもない。むしろ良くはならないという悲観を前提に、何とか好材料を見つけて前を向こうと健気に努める。切ない。もちろん夢は諦めた後で叶うこともあるし別の形で実現する場合もある。ピアニストになれなかった著者が今作を23歳で書き上げて名声を得たように。闘う諦めるやり過ごす。不条理との接し方は十人十色。私は創作と文章で抗いたい。
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サガンやカポーティに引けを取らない天才作家カーソン・マッカラーズが23歳のときに書いたデビュー作です。彼女自身及びその周囲にいた人物をモデルにしたのだと思いますが、かくも精細に多種多様な人びとの苦悩と心理の移ろいを描き出せる作家はそうはいません(匹敵するのはラディゲ「肉体の悪魔」ぐらいでしょうか。あれも処女作ですね)。二段組みで400頁近いのですが、世界観に入り込んでしまうとなかなか離れられません。でも一度本を閉じてしまうとリスタートに軽い緊張と覚悟を要します。ありますよね、そういう読者のライトな傍観を許さない本。とにかく素晴らしかった。
この作品はある種の「踏絵」になり得るな、という感想が読んでいる間に浮かびました。「つまらない」「退屈だった」と感じられる人はたぶん幸せな人生を送っている人です。「そもそも長くて分厚くて読む気がしない」と初手からシャットダウンできる人もあるいはそうかもしれません。皮肉でもなんでもなく。でも私は彼らの幸福を尊重はしますが、己もあやかりたいとは決して思いません。どっちの側に立つか、という究極的な人生の選択を間違いたくないからです。たとえ向こう側に行くことが物質的・社会的な意味での成功の可能性を大いに高めるとわかっていても。
そして私にはここまで長くて見事な小説を最後まで微塵の隙も許さず、丹念に書き上げる体力も執念もない、と改めて突きつけられました。最近noteで「ハードボイルド書店員日記」という掌編小説のシリーズを書き始めましたが、あれぐらいがちょうどいい。陸上でいうなら100メートル競走、格闘技だと相撲のような。相撲ってほとんどの勝負が数秒で終わりますよね(昨年の横綱白鵬の平均勝負時間は13.8秒とのこと)。だからといって他の競技より楽かといったら、決してそうではないでしょう。花火職人のノンフィクションを読んだときも思いましたが、わずか数秒で終わる本番のためにどれだけの時間が捧げられたか。短距離走の優勝がマラソンのそれよりも価値が低いなんてこともありません。
その意味で本書は私の中に長年亡霊のように居座っていた「長編で新人賞を獲って作家デビュー」という未練を断ち切る一冊となりました。というわけで、今後の「ハードボイルド~」にぜひご注目ください(不定期ではありますが)。誰でも作れそうで作れない、シンプルな醤油ラーメンの味を追求していきます。読者のために、なんて軽々しく言える身分じゃありません。まずは自分自身の望む未来を勝ち取るために。