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過度な夏のロマンチシズム

私は夏になるとキモロマンチシズムが芽生えるので、毎夏の一瞬一瞬に自分の感受性全てを捧げている。
部屋でYouTubeを見ているときに蝉の声が聞こえれば動画を止めて、ミンミンのワンセクションが終わるまで聴き入るし、正面からドライヤーの熱風を浴びせられているような暑さの中、ほんの一瞬涼しい風が吹けば何かスピ的なものを感じてしまうし、わざとクーラーをつけずに部屋に通り抜ける風を揺れるカーテンや部屋のポスターなんかで感じてしまうし、散歩中の犬にも笑いかける。
とにかく気持ち悪いのだが、数ヶ月しかない夏がくるとなんだかそんな気持ちになってしまう。

3年前の夏、大好きな燃え殻さんの「これはただの夏」を買った。これを買ったときの自分の夏ロマンチシズムが最高潮だったのもあって、これを読んでまさに「そうだ、これはただの夏なんだ」と思った一冊だった。どんなに自分の中で大切でエモーショナルなことが起こっても、自分で勝手に盛り上がっているだけ、夏はただの季節だよ、そんなに大事な思い出にしすぎないで、と自分に言い聞かせるきっかけになった。
今月その文庫本が発売される。燃え殻さん曰く、内容を変えているところもあるというので楽しみにしているのだが、今週のラジオでこの作品について燃え殻さんが、タイトルは「これはただの夏だ」と自分い言い聞かせるように登場人物の誰かが後々発した言葉であること、誰にとっても同じ夏はこなくて、退屈だねと誰かと言い合った夏も、今生の別れのような夏も、永遠の愛を誓ったような夏も、全て2度と戻ってこない、それでもまたいつかと約束するように、特別感を無くしてそれぞれの日々を生きていくような物語にしたかったということを語ってくれた。
まさに自分が言い聞かせたのと同じように、燃え殻さんもそんな作品にしたいということがリンクしていて、思わず、寝起きの頭で文字を打ち始めてしまった。

そんなことがあってやっぱりこの作品が好きで影響されたので、いろんな人に読んで欲しい。そして夏ロマンチシズムがある人もそうでない人も、夏に対してどんな感情を抱いたのか、もし夏に対する思いが変わったのならどんな風に変わったのか、大討論会をしたいくらいだ。
去年は、会社でやっていたブログで読書感想文まで書いたのだが、とても読書が好きそうな社員がいないようなファンキーな会社だったので誰にも読んでいただけずに夏が終わった。もしかしたらこれを見て読みたいと思ってくれる人がいるかもしれないので、一部貼っておく。
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主人公はテレビの制作会社で働く40代の男性。
忙しなく日々を送る中で、今年も当たり前のように訪れた夏。
そんな当たり前にやってきた夏に起こった突然のバグ。
取引先の披露宴で美しい風俗嬢優香と出会い、
マンションのエントランスで出会った少女明菜の面倒を見ることになり、
交友の深いテレビディレクター大関にはある問題が見つかる…
誰かと深く関わるわけでもなく、
人生が大きく動くきっかけになったわけでもない、ただの夏。
それでも季節を繰り返し、また当たり前のように夏がきたら、
間違いなく思い出してしまうであろう鮮烈なひと夏の話。

という感じなのですが、個人的にこの作品はタイトル「これはただの夏」がかなり作用していると思います。
冒頭でも「特別ではない夏の数日間の話」と念を押されて始まります。そうです。夏の一部分を、ただただ切り取っただけの話なんです。でも「ただの夏」にしてはどこか切なく儚い、忘れられない思い出のように綴られています。
この矛盾がこの夏に対する熱を無理に冷ましているような、「ただの」と表現しなければこの夏に一生取り残されてしまうような、この夏と自分を引き剥がそうとしている感じを演出していて、主人公がこの夏にかなり思い入れがあることが伺えます。なので、読み終わった後の「こんなに大事に丁寧に綴っているのに、“ただの“夏なんだ…ふ〜ん…へぇ…」とエモな余韻に浸るまでがセットの作品だと思っています。燃え殻さんの表現する夏がなんとも切なく、秋に移り変わるこの時期にぴったりな一冊です。
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言い聞かせているのにも関わらず、こんなにも特別で儚さを感じる作品。私も言い聞かせながらもどこかやっぱり、夏に対してのエモが残る。(TikTokで“ドラマが入っている”と表現されていたが、それでいうと私もドラマが入った女なのだろう。)結局言い聞かせたってどうにもならないことだってあるのだ。それですら曖昧のままでまた来年の夏を待つ、そうやって繰り返していくのだと思う。
今年はエモが違う方向に走りすぎて、実家でぬか漬けを作っている母親を見て、夏野菜で自分でぬか漬け…?風情…ぬか床買おうかな…というところまでいってしまったので、そろそろ過度な夏のロマンチシズム、ステージ4かもしれない。

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