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『虞美人草』⑦夏目漱石
(2,923字)
十二 (藤尾と小野さんの攻防)
漱石の小説観(小野さんの詩観)
p. 192
(略)詩人の食物は想像である。美しき想像に耽(ふけ)るためには余裕がなくてはならぬ。美しき想像を実現するためには財産がなくてはならぬ。 (略)
文明の詩は金剛石(ダイヤモンド)より成る。紫より成る。薔薇(ばら)の香(か)と、葡萄(ぶどう)の酒と、琥珀(こはく)の盃(さかずき)より成る。(略)
ー文明の詩は金にある。小野さんは詩人の本分を完(まっと)うするために金を得ねばならぬ。(略)
昭和30年 初版発行
私の好きな小説も贅沢な生活が散りばめられていた。やっぱりそうなんだな。今回は小野さんの主張を認める。
小野さんの詩人観からの、藤尾と結婚したい理由。算段。腹づもり。(腰抜けぶりあるいは、戦略)
p.193
(略)同時に詩人ほど金のいる商売もない。(略)小野さんがわが本領を解する藤尾に頼りたくなるのは自然の数(すう)である。あすこには中以上の恒産があると聞く。(略)急(せ)いては事を仕損ずる。(略)小野さんは進んで仕掛けるような相撲(すもう)をとらぬ、またとれぬ男である。
昭和30年 初版発行
ついでに恋愛観も認めちゃう。
そう言われてみれば、そうなのかも。胸に手を当ててよく考えてみれば私にも覚えがある。お金を好きになったのか、その人を好きになったのか、分けて考えることはできない。なぜなら、すでにお金を持っているから。
お金がたとえ(今)ないとしても、将来稼ぎそうとか、仕事ができるとか、何かしら経済的なことは絡んでくる。良い生活、豊かな生活をさせてくれそうか否か。感性や価値観があまりにも違うとどうしたって無理だが、感性や価値観だけ合っていれば良いかというとそれも違う。金銭的な価値観もある程度合わないと、ストレス溜まるはず。
人間がやりたいことをやるためには、お金の心配がないのが理想。やりくりしながら工夫する、っていう過程も楽しいかもだけど、心配ないなら、ないに越したことないし、やりたいことやるための環境さえもお金があれば全て解決するのだから、金銭的なアドバンテージというのは、人間の魅力にかなりのパーセンテージを占めるのは確かだろう。利己的な遺伝子ってやつ?
細胞が求めてるから⁉️
小野さんは、四、五日会わなかった藤尾に会いに出かけようとしたところ、小夜子さんがやってきた。孤堂先生が入用な買い物に付き合って欲しいという。小野さんは、品物の名前を教えてくれたら、あとでお届けしますよ、今急いで出かけるところなんです、と小夜子さんに伝える。
小野さんは、藤尾の家の前で甲野さんに会う。妹に用があるが、君には用はない、と見られるのが嫌で、会話をしようとする(苦笑)
甲野さんが、博覧会は昨夜見た、というのにギョッとする小野さん。
もっと聞きたくて黙っていると、甲野さんが何も言わないので、
一人で行ったのかい、と尋ねてみる。
誘われたから行った、と答える甲野さん。小野さんの知りたい回答はなかなか出てこない。
甲野さんが行こうとするので、小野さんは聞いた。
p. 212
「藤尾さんも、昨夕(ゆうべ)いっしょに行ったのかい」(略)
「ああ、藤尾も行った。ーことによると今日は下読みができていないかもしれない」
昭和30年 初版発行
次は藤尾母の思惑が語られる。小野さんは申し分ない婿だが、金がないのが欠点だ。でも、無一文のものを家に入れて、大人しく嫁姑を大事にさせるのが良いかもしれないと考えているようだ。(と、いうことは、宗近は保険のつもり?謎)
藤尾母と藤尾の会話。あの人は来ないね。病気でもしてるのかね、と藤尾に尋ねると、病気なんかしてるもんですか、と答える藤尾。病気なら何か言ってきそうなもんだけど。あの人はいつ博士になるのかねえ。お前あの人と喧嘩でもしたの、という母。小野さんに喧嘩ができるもんですか、と答える藤尾。そうさ、ただ(略)相当の礼をしているんだから」という母。
そうだった。小野さんは藤尾の家庭教師のような体らしい。お金をいただきつつ、デートしているわけだ。
藤尾と母が藤尾兄の事を話していると、小野さんがやってきました、と下女が取り次ぐ。ここまで時間かかった。広い屋敷だ笑
「今日は」と笑って挨拶する小野さん。
「いらっしゃい」と真顔で受ける藤尾。
「ご無沙汰をしました」と小野さん。
「いいえ」で終わる藤尾。
この辺で、小野さんは考える。四、五日来なかったのが気に入らないのか、博覧会で見つかったのか。しかし、あんなところで認められたはずはない、とあくまでもシラを切ろうとする小野さん。
p.224
「認められないのに、こちらから思い切って持ち出すのは、肌を脱いで汚(むさ)い腫物(しゅもつ)を知らぬ人の鼻の前(さき)に臭(にお)わせると同じことになる。
p.225
「(略)五年の長き思いの糸に括(くく)られているわが情実は、目の前にすねて坐った当人には話したくない。少なくとも新しい血に通うこのごろの恋の脈が、調子を合わせて、天下晴れての夫婦ぞと、二人の手頸(てくび)に暖かく打つまでは話したくない。この情実を話すまいとすると、ただの女と不知(しら)を切る当座の嘘は吐(つ)きたくない。嘘を吐くまいとすると、小夜子のことは名前さえも打ち明けたくない。
昭和30年 初版発行
嘘はつかないで欲しいと願う藤尾と、嘘はつきたくないが本当のこともまだ話したくないという小野さんの攻防。藤尾は自分から言って欲しい。小野さんは言いたくない。このやり取りの長いこと長いこと。。。
博覧会はきれいだったか、きれいだった、人間もきれいだった、そうでしたか、誰かつれがありましたか、甲野さんも一緒に行ったそうですね、なんでお尋ねになるの、兄の他にですか、兄に聞いてごらんになればいいのに、急いだもんですから、なんで四、五日無届欠席をしたんです、忙しくって、昼間もそんなに忙しいんですか、昼間って、ホホホホまだ分からないんですか、と藤尾が疳高(かんだか)く笑った。
p.227
「小野さん、昼間もイルミネーションがありますか」(略)
同時に頭の底で見られたという音がする。
(※太字は傍点あり)
昭和30年 初版発行
小野さんが、京都でお世話になった先生が出て来たので忙しかったと慌てて言い訳をする。ちっとも知らずに失礼を申しました、と藤尾。
京都でお世話になったものですから、と小野さん。大事にしてあげたら、と藤尾。そして、ゆうべ行った池の辺(ふち)の出店を知っていらっしゃるでしょう、小野さん、まだお入りになったことがないならぜひ京都の先生をご案内なさい、と藤尾。私もまた一(はじめ)さんに連れて行ってもらうつもりですから、と宗近の名前を響かせる藤尾。
この攻防が読めただけでも相当面白かった。相手は自分に誠実なのか、嘘をつくのか。一番大事なこと。ハイ、小野さんの負け。