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生きる意味

生きているのにむなしい

むなしい時なんてないよ
いつもハッピーに生きてるよ

と思っていても、「むなしさ」ってなんだか急にやってきます。(願ってもないのに)

そんなときは大抵こう思うのです。

「日本の景気が戻ればいいのに」
「不況のせいで私は今むなしいんだ」

先日、『生きる意味』(岩波新書)を読みました。

経済的不況が危機の原因だと言う人は多い。しかし、私たちの多くは既に気づいている。景気が回復すればすべてが解決するのだろうか。

上田紀行『生きる意味』(2005)岩波新書

またもや私の意識が覆されそうな予感がします。

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「みんなと同じ」は幸せ?

なぜAndroidではなくiPhoneを買ったのか。
ーみんなが欲しがるから。
なぜみんなの前で無駄に明るく振舞うのか。
ーみんながコミュ障を嫌うから。

なぜ…。だって、みんなが…。

何かを選ぶとき、「みんな」を意識することがあります。
無意識の時もあれば意識的にそうすることもあります。それはみんなに合わせることが、私自身の幸せにつながると思っているからです。

Androidをもっていると「おんぼろいど~」と、からかってくるし、暗い表情だと「あいつはコミュ障だ」とか、嫌な噂広めてくるし。

「みんなと同じ」欲求を持ち、「みんなが目指す」人生を歩むことが奨励され、自分の人生とは何なのかなどということは、むしろ考えないように仕向けられていたとも言える。

上田紀行『生きる意味』(2005)岩波新書

と、著書にここまで見透かされているのですけど。

もしかしてこれはよくないのですか!?

人間には、そもそも誰にもそれぞれの色があり、においがあり、癖がある。そして人間の魅力は、その人の人格的なにおいや色と切り離せない。魅力的な人というものは、近づくとくさいなとか、何かあの人の色に染められてしまうのではないかというくらい、個性的な色やにおいを持っているものだ。

上田紀行『生きる意味』(2005)岩波新書

どうやら個性を潰していたようです。
しかし、個性を出すのってすごく勇気がいります。

「大人なのに小学生みたいで痛い」とか
「くさいことばっかり言っててだるい」とか
「こっちまで口癖がうつる」とか

出会ったばかりの人ならまだいいですが、仲の良い人にそれを言われると少し傷ついてしまいそうです。

「どこにでもいそうな」私

私が私として愛されているのではなく、ただ交換可能な部品として愛されているのだという感覚は、その人の尊厳を最大限に傷つけるものだ。

上田紀行『生きる意味』(2005)岩波新書

リストラされたり、恋人を乗り換えられたり、仲の良い友人が別の友人と仲良くしていたり…。

自分にとって代わる何かが現れたときの「むなしさ」のレベルはとてつもない気がします。元の自分のポジションを気に入っていたら尚更です。

交換可能な部品と思うのが辛いから部品になる可能性を避けるのは、自分の心を守るための正当防衛かもしれません。だからこそ、自分にとって代わることのない居場所を構築するのが大切だと思えました。

しかし、居場所を構築するときに、もしかしたら自分が相手のことを部品としてしまった可能性も思い当たるのは、きっと気のせいではないはず。特に、居場所を求めて私の友達付き合いはコロコロと変わるので、そういう時に傷つけていたかもしれません。

自分の居場所を大切にしながら、友達付き合いは慎重に。でも一緒にいるからには楽しく、有意味な時間を過ごせるように。

こんなことを考えていたら、生きている意味がないなんて言う暇がなくなってきました。

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時間をかけて「苦悩」と向かい合う

私たちの多くは、人生に「苦悩」があることが問題なのだと思っている。だから「苦悩」が起こらないようにとびくびくしながら生きている。

上田紀行『生きる意味』(2005)岩波新書

「苦悩」がまったくない人生には「ワクワク」がない

人生は「苦悩」と「ワクワク」があるから楽しい

「むなしさ」という苦悩を自覚できたということは、むなしさをなくすためにワクワクする自分がいるということだ

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ぶらっくこーひー * 読書
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