適応障害→転職したこの1年
こんにちは。
適応障害の疑いで休職し、転職活動をした結果無事再就職することができた40代のお話です。
年の瀬となったので色々あった1年を振り返ってみようかと思います。
皆さんの1年はどうだったでしょうか。
波こそあれど、今もこうしてここにいることができていたら何よりです。
転職理由を振り返る
安全性の面ではこの上なく安全と言えると思います。決められたルールさえ守れば。
所属する業界として各所で事故は起こってはいるのですが、いずれも基本ルールを守らない、確認を怠った、大丈夫だと思った、といったことがエラーの原因となっているように思いました。「ヒヤリハット」や「ハインリッヒの法則」なんてのがありますが、小さなヒヤリさえもいかに無くすかに努めているのが今の会社です。それゆえにルールも多く、必要な資格やそのために必要な経験もあるのでとにかく様々なことを覚えるのが大変です。
前職では小さなヒヤリが毎日のようにありましたし、いつ自分が重大事故を起こすかと考えれば…今は安全な場に身を置くことができているのは転職成功のひとつと言えます。
一方で責任は大きくなっています。現場で動く方々が事故を起こさないように事前に準備をし、危険を周知し、目を見張るのも私の役割となってきています。重責とともに前職より給与もUPしているのでそこは良し悪しかなとも思います。
それにしても、孫受け、ひ孫受けだった立場からするといかに危ない橋を渡っていたことか…。
プライベートの時間を振り返る
仕事のおかげでプライベート時間はほぼ割り切って過ごさせてもらえています。土日はしっかり休みですし、お盆や年末年始もちゃんと休みが確保されています。それだけでありがたいことです。社内ルールとしても休日にPCを広げると、やり過ぎた場合注意されるらしいです。夜勤もあるのですがちゃんと翌日休みになるのもありがたいです。(←当たり前でしょ!って感じですが、前職は9時間後には再度出勤するのが当たり前でした。)
休日はというと、子どもとしっかり遊んだり、趣味に時間を使ったり…とはなかなかいかず、責任と転職のストレス過多のせいかひとりで過ごさせてもらうことも少なくなかったです。
ストレスについて
先述の通り、職は変われどストレスは違った形で続いています。
以前よりPC作業が増えたし、そのぶん現場出の自分ではついていけないことも多々あります。残業も増えているせいなのもあります。
仕事量はまだ抑えてもらっているせいなのか、能力が低いからなのかまだ少ない方のような気もします。年下先輩くんはけっこうガツガツ取っていっていますが、逆に自分の首を絞めている様子もあって、自分はそこまでガツガツいけるほどの余裕は無いです。
うつ病にありがちな気分の落ち込みとかは無いのですが、日によっては帰宅後に子どもと向き合うための気持ちの余裕がない日もあり、それもそれでよく分からないストレスになっています。(かと言って無理して向き合って逆にイライラしても良くないので結局避けるようにしています。)
この、気持ちに余裕がない日ってのは休日でも少なくなく、家族の理解のおかげでひとりで過ごす時間も大切にしてもらっています。
ひとりでふらっと買い物へ行ったり、山や公園へ行ってはだらだらと過ごさせてもらっています。 ありがたい。
体調について
ストレスのせいもあってか、いぼ痔が再発しています。かれこれ半年くらいになります。まー、痛くて痛くて仕方がない。ただでさえ終わらない業務がますます捗らない。毎回トイレで半泣きになりながら過ごしています。
眠れない日が多いです。というかほとんどが熟睡できません。
今年半ば頃から不安を減らす薬を処方され、睡眠前に飲んでいます。この薬の効きは良く、逆に薬がないと眠った気がしません。
徒歩通勤は極力続けています。1日約8000歩、計1時間くらい歩いています。こちらもほぼ毎日続いているかな。土日は5000歩以下に落ちますがそれはまぁ仕方ないでしょう。
そのほかの体調については概ね快調ですかね。
大きな怪我の類はなかったのも幸です。
総じて…
総じて、結果オーライ、まぁ悪くない一年だったんじゃぁなかったでしょうか!?よくないことも割とあったけど、なんとか無事(?)1年、今日まで生きてこれたので良かったかな!!
来年も歳相応の色々はあれど大きな怪我など無い1年になりますように。
でも痔は収束へ向かってほしい…。