戸羽れい
大切な方を亡くした方に
家から10分くらい歩いたところに、池のある公園があり、時折、池の周りをぐるりと散歩する。 今日の夕暮れどきは、歩く人も、遠くに一人くらい。穏やかな満ち足りた気分で歩く。 薄暮のなか、池のススキが風に揺られるさわさわという音とともに「信じて」と私に告げる。 「自分を信じて、人を信じて、そして大いなるものを信じて」と。 哲学とは、問いを立てることから始まると言われるが、それは単に疑義を挟むことではない。単なる疑いは、存在には響かない。 そこには、「信じる」ということが根
わたしが幸せになることを、私を遺して逝ったあの人は一番願っている そして、わたしが幸せになることを、私を創ってくれた諸々のもの、そして大いなるものが一番願っている だからどんなことがあろうとも、それはひとつの幸せなんだと、自分に言い聞かせて、涙をぬぐって、自分を信じて、胸を張って いつか、それが珠のように美しいときになるまで、きっとなるから、いつか。なっているから
先日、友人と面白いカフェショップに入った。なぜ面白いかというと、ドリンク一つ一つに、疲労困憊とかくつろぎカモミールとか、コンセプトがあったからなのだけど、私は、疲労困憊のコーヒーを飲むことに。 それを聞いた友人は、疲労を選んだの?面白いね、自分は幸せだから幸福のチョコミント、といった。 今から疲れることがあるから(実際、重たい仕事が控えていた)、と言い訳めいたことを言ったけど、わー、やられた!と心のなかで(負けず嫌いの私が)思った。が、なるほどとすごく納得した。 なんで
愛は、すべてのわだかまりや隔たりを溶かすもの だから愛があれば、すべてが一つになる 愛に溶け込みたい思いが私にはあるけど、愛はいつもそこにある だから溶け込もうとしなくても、愛を信じればいいのだけれど、 隔たりがあるほうが安心する自分もいる、わだかまりが消えない自分がいる そう、人間だから、隔たりやわだかまりがあるから、私たちは愛を求め、そして愛したいと願う 一つに溶け込めば、自分が愛そのものになり、愛そのものになれば、それ以上愛する必要はない 自分を愛しきれば
青とピンクが溶け合っている、そのピンクならピンクが、どのようにしたら取り出せるの?とある人が問いかけた。 それは、、、青とピンクが溶け合ったら、もう混ざり合って、混沌になって、一つに溶け合っているから、、、それが普遍につながると私は思っている。 普遍の方にいくの?え、そっち行っちゃうの?そうじゃなくて、個人としてはどうなの? たとえば、私がピンクで夫が青だったしたら、それはもう溶け合っていて、それが自分のベースになっていて、、、 そこから、なんというか、自分をどうやっ
皐月の風が、陽光射す若葉を煌めかせながら吹き抜ける。この時期の風は、1年のうちでとりわけ心地よくさわやかながら、ふわっと包み込むやさしさを感じる。 プネウマは哲学でも重要な意味をもつ。Wikipediaを見ると、プネウマには気息、風、空気、大いなるものの息という意味があるとされているが、ギリシア哲学では存在の原理、呼吸、生命、力、エネルギー、精神、聖霊等々の意味があるとされている。また、プネウマのラテン語はスピリトゥスで、スピリットの語源となっている。 創世記でも、神は土
このたび、自分の体験と哲学を通して、グリーフケアについて書いた本を出版しました。 グリーフケアがテーマとなっていますが、喪失というのは、人間にとって、実は根源的な出来事であり、大切な人を亡くし悲しむことで、何か根っこにあるものに気づくということを書いた本です。 投稿で載せたことも、基にして書いている部分があります。 Kindle版(Unlimitedは無料なのですが)で、5日間無料キャンペーンをすることになりました。 3月30日(土)17時 〜 4月4日(木)17
夫が亡くなった直後は、一連の喪の儀式のためのあれやこれやで、悲しみはあるのだろうけど、良くも悪くも、それにとらわれている自分がいました。 儀式的なものが落ち着き、周囲への対応も一段落つくと、一人取り残された感覚が襲ってきます。だからといって、人の多いところに行く気にはなれません。行ったとしても、夫の不在を思い知らされ、その人波とかけ離れた孤独がいや増すからです。 大切な人を亡くすというのは、「共に」を前提とした上で生きてきた自分の基盤そのものが崩れてしまうことを意味します
甦る思いに、ふと涙がこぼれる、、、 ふとこぼれる涙に、愛の深さを知る 自分はこんなにも、人を愛することができたんだと そして、愛することができるんだと 横たわる間の深みから、愛は、涙は、こぼれくるものなのだと
愛せるよ、誰もが寂しさを抱えて生きていることが分かれば 愛している人たちがいる、愛おしいと思えることが幸せ 切ないときもあるけれど それでもなお、だからこそ
先夜、市内の神社仏閣での屋外アートとライトアップの催事に行ってきました。 日中は来る人を浄め癒す神社仏閣も、夜は門を閉ざし、また閉ざさないまでも、立ち入るのを拒むような気に充たされる空間になります。 それはそうした場が、夜には、現世のものではないものにとっての空間となるからでしょうか。 ただ、祭りの日は、人間とカミが、そして生者と死者が行き交い、出会う場となるのでしょう。 私は、あの日から今まで、本当に悲しみ苦しんできたんだろうか。そして悲しみや苦しみに向き合ってきた
ご無沙汰しています。暑い中にも、空の青さに秋を感じる季節になりました。 夫が亡くなって2年目で引っ越しをしたときのことを思い出します。残暑 厳しいこの季節のことでした。いろいろとあって、一人で住むのに十分な広さのところに引っ越すので、夫のものをほとんど処分しなければなりませんでした。しかも、短期間に。 書籍、服、書類や、訳の分からない数式やらを無茶苦茶丁寧に書き込んだ何十冊ものノートやら。その数は膨大で、特に書類などは㊙扱いのモノを家に持ち帰ってたりしてたので、捨てるのが
自分は自分だから。そういうときには余計、自分でないものが自分のなかに意識されている。でなければ、自分は自分だからなんて言えない。つまり、自己は他者があってこそ自己と言えるもの。自己とは他者がいなければ、自己が自己で在り続けることができないものなのです。 ただ、自己のなかで、自己を他者よりも優位に立てなければ、自己を他者にもっていかれ、他者に自己を乗っ取られることになります。優位と言っても、それはあくまでも自己のうちのことだけれども、他者との距離も重要。遠かったら自己は肥大す
実家に落ち着いたと思ったら、次から次へと、心が泡立つようなことがいろいろと起きますが、習い始めた三味線の練習が、意外に心の落ち着きを得させてくれています。 夫が亡くなった直後は、一連の喪の儀式のためのあれやこれやで、悲しみはあるのだろうけど、良くも悪くも、それにとらわれている自分がいました。 儀式的なものが落ち着き、周囲への対応も一段落つくと、一人取り残された感覚が襲ってきます。だからといって、人の多いところに行く気にはなれません。行ったとしても、夫の不在を思い知らされ、
夫が逝ってしまってから10年近くになりますが、夫への感情が変わったかと言えば、変わったとか変わらないとかいう言い方では表現することはできません。感情は量的なもので言い表すことはできないし、それを一つの感情で言い表すことはできないから。 感情そのものは、自己を展開し、したがって絶えず変化する一つの生き物である。そうでないとしたら、感情が私たちを少しずつ一つの決心へと導くことは理解できなくなるだろうし、つまり私たちの決心は即座になされるということになるだろう。しかし、感情が生き
実家に帰ったら、お勤めも辞めたわけだから、時間は結構空くのかと思いきや、毎日何やかにややることがあり、また、管理するものが多くなり、必然的にルーティンも増えて、あっという間に時間は過ぎてゆく。そういう時間から、やっとゆったりとした流れとして時間を感じるようになりました。 私が実家にいた頃に三味線を習い始めたお隣さんが、10年前から三味線のお師匠さんになっていて、ご近所のお友達に教え始めていました。 ごく近所の方ばかりだから、私も顔見知りなのですが、誘われて、あまり気乗りは