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短編小説「夜を欲しがる」
私たちは幸福な夢を見ることに慣れてはいない。
私たちは幸福な夢を見ることに慣れはしない。残念ながら、これからも。
時計台の鐘が午前を知らせようとして鳴り止んだのは迷った鳥がその機関部に吸い込まれていたからだった。彼か彼女か、なぜ鳥がそこを止まり木としたのかは誰にもわからない。
ともかくその鳥は毟られ、肉片となり、時間を止めることにだけ成功して死んだ。羽根が数枚落ちていたことがその証拠だったが、しかし、どのような色をし、どれくらいの大きさであったかは定かではない。その彼か彼女かの血と肉片と脂と骨で、時間は停止したのだ。
そしてそれは誰にとっても興味を引く事柄ではない。煩わしい、バカな生き物が余計なことをしたに過ぎない。時計が壊れ、時間が停止し、その原因がどこかの鳥であった。それだけのことだ。彼がどんな夢を見ているかは想像さえされない。
答えなどありもしないものをなければならぬと思うからこそ惑うのだ、彼女はそう読みあげる。
裸の背中は滑らかに曲線を描く、暖炉の炎が微かに乗り移る、発熱しているかのように橙に色づく。
「君、この意味わかる?」
「わからないほうがいいってこと」
「ほんとに?」
「知らない。単なる思いつき」
サイドテーブルのキャンドルが揺れる。窓の外には取り込み忘れたシャツが氷点下に凍り続けていた。
「そろそろ寝る? 疲れたでしょ」
彼女は僕を誘う。二人の汗を飲んだシーツは乱れたままだった。部屋のあちらこちらで揺れる炎を映し、焼き討たれた草原を思わせる。
その行き先がどこにあるのか、それは誰にもわからない。行き先なんてないのかもしれない。
「意味がどうとか、そんなことは忘れてしまえ。その有無は生きることそのものに、なんら意味をなしはしない。だって」
すべては戯れ言に終わる。所詮、死んだ鳥も僕たちも大差はない。
最期には時間が止まる、或いは止める。
「少し待って。寒くなってきたから……」
僕は暖炉に放り込むべきものを探す。ここにはほとんど何も残されていない。
誰かが生きた形跡も、暮らしがあった様子もない。そして、僕たちもそれを残すことはない。残念ながら羽根もない。
帽子を脱ぎ火に焼べ、綻びの目立つコートもまた炎の餌にする、最後は座っている椅子だ、ろくに手入れされていないが、それでも燃えなくはないだろう。
「明日はどうするの?」
指を絡ませながら訊く。
「そんなのないから」
僕はこたえる。
僕たちは夜を欲しがる。そう、夢に焦がれずにすむ永遠の夜を。
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