見出し画像

「思想犯」(#ショートショート)


 男は語り始める。ほどよく鍛えられた無駄のない痩身をストライプのシャツが包んでいる。細い手首を銀のバングルが演出し、中指にはプレーンな金がちかりと音を立てそうに光を跳ねて、そしてその手はミネラルウオーターのボトルを握った。髪が揺れる。いつものようにディオールを匂わせているのだろう。
「正しく、美しい国を作りませんか」
 低く艶のある声。動作は優雅に落ち着きを持ち、慌てる様子なんて見せたことがない。長い前髪が目のあたりを隠している。細い顎。上下する喉仏。首の筋。水が溜まりそうな鎖骨。
「私たちによって、我々の持つ思想をもとに、新たな国を建設しようと思っています」
 開いた両の手のひらで、中空を払い除ける。そこに何があるわけでもない。しかし、その仕草はどこかオーケストラを操る指揮者のようでさえある。華麗な男だ。見飽きることがない。壇上の彼は、その日もやはり鉄壁であった。見惚れている女たちはその様子に身を捩る。

「行ってくる」
 優しい、低い声。誰を制し、打ち負かしてくるのだろう。私はそれを何度も見た。彼が睨むと女は屈服する。それを見た男が嫉妬する。
 彼が声をかけると、女が女に回帰する。
 男たちは羨ましいであろう。
 しかし、女は母の胸に抱かれているころから、男の値踏みを始めている。
 彼は小さな子供から手を振られる。
 その子を抱く母は、女の顔に戻る。すぐそばに子の父親がいても、母から女に戻るのだ。女が彼を選ぶのではなく、生態系が彼を選んだだけのことだ。そういう男はいま、個人の思想を広めて、自分のためだけの国を、居場所を作ろうとしている。

「小さな島をひとつ買い取って、そこにたくさんの動物たちを放そう。野生をつくる。男は美しく才能のある者だけを厳選して百名くらい。女は美しく賢い人を一万人ほど集めたい」
 背中から抱き締められて、私はその美しい理想を理解した。その国に戦争は起きないだろう。貧富の差もないだろう。多くの子供たちが生まれてくるだろう。誰もがこぞってその国の土地を美しく保とうと努力するだろう。インターネットにも適性検査が必要になるだろう。下らない音楽は流れず、下らない小説のために紙は使わない。格闘技は禁止され、騒々しいモータースポーツも存在しない。低俗な芸能ニュースも、そして、犯罪も起きないであろう。結婚はその制度を失い、人は自由に性を求めるだろう。争うことのない国で、人は夜になにをするのだろう。
「愛し合って、流れ星を眺めるんだ」
「森や、海辺で。誰もが幸せになれる」
「徹底的に選別する。人を。そして、僕たちは自分たちの国を守るために核を持つ」
 国家間の交流も限定的にならざるを得ないだろう。私たちの国への入国は厳しく規制を敷くことになる。不要な人間を立ち入らせるわけにはいかない。差別ではない。区別するだけだ。それを差別だと言うのなら、私たちは差別することを容認しよう。
 そこで人は個人ではなく、群体に戻されるが、しかし、同時に世界で最も個人が強く育ってゆくだろう。
 その国で王となった彼は独裁せず、自由に統治するのだと微笑んだ。
 独断と偏見をその細い両手にぶら下げて、愛と平和とその現実化を、具現化を説く勇姿を思い浮かべる。彼は自分に酔うだろう。そして。
 私たちは、彼の理想に、思想に、すっかりと酔っているのだ。

photograph and words by billy.
#ほろ酔い文学
#眠れない夜に

追記。
 この「思想犯」は、佐藤健さんが演じてくださったらぴったりな気がします。好きな俳優さんって何人か思い浮かぶんですが、佐藤健さんって、男から見ても、美しいし、所作も華麗で、なんやかんやと羨ましいものです(笑)。
 生まれ変わったら、あんなふうにしてくれませんかね(←高望み)。
 それでは、また明日。


サポートしてみようかな、なんて、思ってくださった方は是非。 これからも面白いものを作りますっ!