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保坂和志「プレーンソング」を読んだ。(小説の中の競馬)。

猫、男、女、酒、競馬、海、老犬・・・

保坂和志の「プレーンソング 」を読んだ。

うすぼんやりと、保坂和志の小説で競馬が出てくるものを読んだ記憶があり、少し調べたらこの小説だった。(デビュー作らしい。)

裏表紙には、「猫と競馬と、四人の若者のゆっくりと過ぎる奇妙な共同生活。冬の終わりから初夏、そして真夏の、海へ行く日まで。」とある。

競馬が出てくる部分は、全体の一割あるかないかぐらいだろうか。宮本輝の「優駿」のような競馬小説ではない。

あくまで、生活の一部にあるものとして競馬が出てくる。

何年ぶりかに読んだが、野良猫に餌をあげるシーンや、女友達との電話のシーンは記憶にあったが、他はほとんど忘れていた。野良猫の存在感の方が競馬よりも大きい。(ので、トップにも猫の置き物の写真を使ってみました。)

競馬のシーンは、読み直すと、けっこう詳しくというか、しっかりと楽しんでいる競馬ファンだからこんな書き方ができるんだろうな、という感じで出てくる。

馬で名前が出てくるのは、ダイナガリバーやラグビーボール。
ラグビーボールの馬主は珍名で有名な小田切有一氏で、つい最近自分も珍名馬についての記事を書いていたので、読んでいて「おっ」と思った。

ラグビーボールは、ダービーで一番人気になるが、作中の競馬好きの男、石上は、ダービーを勝つのはラグビーボールのような、無傷で連勝してきたような馬じゃない。勝たれてみて、ああやっぱりこいつ強かったんだ、みたいな、ダイナガリバーみたいなやつなんだよ、みたいなことを話す。(そして、実際にダイナガリバーはダービーを勝つ。)

石上のほかにも、競馬会はレースを仕組んでいる。万馬券は出るんじゃなくて、意図的に出しているんだ、という考えを持ち、カラクリの暗号をあれやこれや考えて解明することに情熱を燃やす三谷という男も出てくる。

また、競馬場についてくる女の子も出てきて、たてがみにリボンがついていて、かわいいわね、などと言ったりするが、本人は馬券は買わず、主人公の男や、石上たちが競馬場を歩き回っている様子を見るのが好き、と言ったりする。


・・この小説は、特に大きな出来事が起こるでもなく、最後は男数人と、ヒロイン(と言えるかどうかも微妙なぐらい何も起きないが)のよう子という女の子が海に行って、二日間遊び、最後は海辺で老犬と散歩する男と知り合いになり、唐突に終わる。


これは、著者が実際にあったある一期間をそのまま小説っぽく記録したものなのではないか、登場人物は全員モデルがいるのではないか、と思えてしまうが、一応フィクションのようで、作中の人物の数人はモデルがいるものの、よう子などは特定の身近の人物をモデルにしたわけではないらしい。(と、著者が自身のHPに書いていた。)


しかしながら、競馬が出てくるシーン、石上がラグビーボールという名前にケチをつけるところ(「頼むからもう少しちゃんとした名前をつけてくれよ。」とか言っている。)、ダイナガリバーのような”ダービーを勝つ馬”についての考察、三谷が競馬会のカラクリについて熱弁をふるうところ、女友達の奔放で無責任で無関心な競馬場での発言などなど、これらはかなり本当にあった会話から拾ってきてつなぎ合わせたものなのではないかな、というようなことを思った。

そのぐらい、こういうこと言うやつ、いるいる、こういう女友達、いたいた、と思った。

「優駿」のような競馬をしっかり中心に据えた小説も好きだが、こういう日常の中に競馬が出てくる小説もまたいいな、と思った。(という割に、以前読んだはずなのに、競馬の部分をほとんど覚えていなかったが。)


ところで、中公文庫版の解説を四方田犬彦氏が書いているが、以下のように、この小説は明白にいつの物語なのか記していない、と指摘している。

小説の本文にはそれ(何年)を明言する記述はひとつもなく、読者はそこに散乱しているさまざまな記号から、曖昧に時代を設定することを求められるのである。保坂和志と村上春樹を決定的に隔てているのは、この点である。同じ過ぎ去った時間を描くにしても、村上は一九七二年とか、三島由紀夫事件といったふうに、厳密に歴史的時間軸を導入し、それに依存する形でノスタルジアを紡ぎあげてゆく。

プレーンソングには、たしかに「xxxx年」という記述はない。

しかし、競馬ファンにとっては、ダイナガリバーがダービーを勝ったということは、社台ファームの記念すべきダービー初勝利の年、すなわち一九八六年と、すぐに思い出せるけどな、などと思った。

(他にも、チェルノブイリ原発事故について会話に出てくるが、こちらは個人的にはすぐには一九八六年、とは思い出せない。)


あとは、どうも著者は猫好きであるようで、競馬よりも猫が出てくる場面の方が圧倒的に多いので、猫好きな競馬ファンにはより楽しめる小説かもしれない。

プレーンソング
文庫版・2000年発行


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